損保と弁護士

最近、損保の弁護士の主張があまりに酷い、などとある弁護士が怒り倒しているのをたまたま目にしたことがあるのですが、交通事故に関していえば、当職は被害者側だけではなく、損害保険会社からの委嘱を受けて加害者側の事件の処理に当たることもありました。

そのような経験もイソ弁時代を通算すると10年を超え一応区切りも付いたということもあるので、諸先輩方に教えを受けたことも踏まえ、損害保険会社と弁護士の関係について思うところを述べたいと思います。

損保弁?

まず、損保の弁護士だとか損保弁などという呼び方は、必ずしも正確ではありません。

本来的には加害者の代理人です(但し、代位求償や免責を主張するケースでは損保会社の代理人となることはあります。)。

もっとも、交通事故の加害者は、賠償限度額無制限の任意保険に入っていれば自分の懐が痛むわけではないので、賠償に関心を持たないのが普通です。一方、保険金を払う損保会社には重大な関心事になります。従って、加害者の代理人という建前ながら、事実上は損保会社の意向を尊重することにはなります。

加害者側の仕事の意義

さて、普段は同業者からも敵視されがちな加害者の代理人の仕事の意義はどこにあるのでしょうか。

交通事故は悲惨なことが多いです。それ故に、被害者あるいはその遺族が、加害者に厳しく対応することになるのは止むを得ません。しかし、損害賠償という観点からいえば、被害者側が法的あるいは事実的に苛烈な主張をしてくることも少なくはありません。

そこで、加害者の代理人の仕事の意義は、苛烈になりがちな被害者の主張から加害者を保護することにあります。

次に、保険契約者に対する法的紛争が生じた場合、損保会社は社外の弁護士に事件を委嘱するのが普通であり、社内弁護士を雇って処理させている訳ではありません。これもどうしてなのでしょうか。

もちろん、弁護士法の規制との絡みもあると思いますが、社内の人間であれば社内の意向に強く支配されざるを得ないところ、損保会社が損害賠償額を査定して保険金を支払うという行為は、何が何でも値切る(あるいは払い過ぎる)という訳にはいかず、客観的に妥当な内容で行わなければ社会的な問題が生じます。

従って、社外の弁護士が使われることには、損保会社の事案処理の客観性を担保し、適正な処理を行うように期するという積極的な意義もあります。

加害者側の代理人の課題

そうすると、適正な処理を行うという観点から加害者側の代理人に要求されることとしては、フェアネスを維持した活動ということになります。度を超えた手段や主張により、被害者側から蔑まれるようなことがあればもってのほかでしょう。

もっとも、適正な処理を行うという観点からは、主張すべきことはしっかり言わねば仕事が務まりません。

自動車は工学的な製造物です。事故は物理的な事象です。賠償額の計算は金利の考え方も含めて経済の問題です。傷害結果の判断は医学的な問題です。

すなわち、交通事故の事案の処理は、単に不法行為法を知っているだけでは足りず、自然科学や社会科学の見識に基づいた高度な主張立証をしなければならないこともあり、実際高いレベルで争う代理人は普通にそういう主張を裁判でやっています。このような高度な議論に耐えうる知性もまた強く要求されるところかと思います。

これは、当職においてもなお大きな課題です。

被害者側の代理人の課題

一方、大多数の弁護士は被害者側の代理人として振る舞うことが多いと思いますが、被害者側に立つ弁護士に申し上げておきたいこともあります。

まず、フェアネスを維持した活動が要求されることは当然被害者側の代理人にも妥当します。

私は当たった経験はありませんが、交通事故に強いとうたう弁護士の中には、慰謝料や遅延損害金を増殖すべく事案を無闇に引き延ばすなどの態度に出る者もいるというようなことも聞いたことがあります。

もう一つが、訴訟提起は慎重にということでしょうか。

特に、人身事故の案件では、訴訟を起こした方が賠償額を多く勝ち取れることが多いのは事実です。しかし、慎重に検討しないで訴訟を起こすと、加害者側も考え得る主張はきっちり行いますので、結果的に訴外の交渉時よりも不利な帰結になることも稀にあります。実際に、裁判所が示した和解案が、訴外の交渉時に損保会社から提案した金額を下回っていたというケースを見たことがありますが、このようなことになると全く目も当てられません。

損保会社の課題

そして、損保会社にも一言。

損害保険に加入する人はまず保険料は気にしますが、どこの損保会社と契約するかは気にしないことが多いかもしれません。しかし、実は損保会社によって事件処理のスキルは大きく異なるのが実情です。

損保会社の被害者対応が悪くて事案をこじらせれば、結果的に迷惑するのは保険契約者です。

また、弁護士の目から見て、あり得ない主張をしたり、担当者のスキルの低さが目に余る会社もあり、この会社から委嘱は受けたくないというところも中には存在します。

損保会社の立場からは損害率を低下させることは重要な経営指標ですが、単にゴネれば良いということではなく、長期的には事案のスムーズな解決を図ることが損害率の低下と損害保険制度への社会的信頼の維持につながることを意識して頂きたいものです。

まとめ

以上つらつらと述べて参りましたが、冒頭に触れたような事象が出てくるようなご時世であるということを考えると、損害保険と弁護士にまつわる自分のような考え方は、今は通用しなくなってきているのかもしれず、少し残念に思います。

損害保険は社会的なリスクを公平に分担するための重要なシステムの一つですから、その適正な運営と発展を望みたいところです。

そして、いわゆる「損保の弁護士」が荒唐無稽な主張を展開することにより、損害保険会社の社会的な信頼に泥を塗るような事態を招いたりすることのないよう、心から願いたいと思います。

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