藤本案を考えるー日弁連臨時総会への対応について

平成28年3月11日午後2時より、弁護士会館にて日本弁護士連合会臨時総会が開催されることになりました。

招集請求をしたグループの提案内容とそれに対する私の考えは、「司法制度改革を問い直すー日弁連臨時総会への対応について」で触れたとおりですが、これに対して第三案を提案するという動きがあります1

ご提案をされたのは大阪弁護士会の藤本一郎先生です。

 

藤本案について

藤本先生といえば、弁護士になってからも着実にキャリアを積み上げてご活躍され、そしてレッツノートを駆使して世界を飛び回り、なおかつ熱烈な広島東洋カープファンでおられるという、私にとっては敬愛すべき先輩です。もう20年前ですが、京都へやってきて右も左も分からなかった新入生の私を構って頂いたことが思い出されます。そんな恩義もあって、藤本先生がご提案をされるということであれば耳を傾けるべきように思えてきます。

その第三案、ここは提案者に敬意を表して藤本案と呼ばせて頂きますが、このような内容です。

(1)司法試験合格者数について,年間1500名以上輩出されるようにし,かつ,現在の年間1800名の水準を十分考慮し,急激な減少をさせない。
(2)法科大学院制度について奨学金をより一層充実させ,予備試験については制度趣旨を踏まえた運用をする。
(3)修習生への経済的支援については,給費制の復活を求める。

さて、上記の決議案と逆の順番になりますが、藤本案について考えてみます。

 

修習手当って何?

給費制については復活を求めるという考え方は一致します。藤本先生の出された檄文から引用します。

もともと給費制の廃止は、年間3000人合格を前提として行われたものでした。1500ー1800名の合格者は、旧司法試験の終わり頃と比べて大差がなく、給費制の復活は不可能ではない筈です。執行部提案は、給費制に代えて新たな給付制度を求めるという現実路線を取ったものであろうと考えますが、日弁連の要請として、はじめからそのような妥協路線で良いのでしょうか。

ところで、日弁連執行部の提案には「修習手当の創設」という言葉が現れます。

これは私は今まで聞いたことがなかったのですが、どうも給費制のころの給付水準は前提としていないようです2。果たして、それで修習専念義務が課される下、修習生が安心して勉学に励むことができるかどうか。多少のお手当を得て要求を一部勝ち取ったというポーズのみ執行部に作られても、修習生の生活の心配を解消するという点について、根本的な解決にはなりません。むしろ、この点は日弁連執行部案が色あせて見えてしまいます。

 

予備試験の実情

次に、法科大学院制度と予備試験の関係についての問題です3。また檄文から引用します。

予備試験の必要性は認めます。ただ、いま予備試験は、大学生や法科大学院生の単なる就活のツールとなっている面が否めません。予備試験を何らの制限も付さないというのは、本来予備試験に合格して頑張って貰いたい方をむしろ予備試験から遠ざけ、「法曹のすその」を狭くしてしまいます。

他方、予備試験を制限するのであれば、いろいろな事情からやむを得ず法科大学院を受けなければならなくなる者も出てきます。特に一層の法科大学院生に対する奨学金の充実は、予備試験の制限の前提条件であるという意味を込めて、前記のとおり議案を提案するものです。

予備試験に合格して頑張ってもらいたい方がどのような人々かと考えてみると、時間がないとか、お金がないとか、遠い4とかいうような都合があってローには行けないが、司法試験に挑戦したいという層ということになるでしょうか。

彼らへの道を開き易くするという意味では、大学生や法科大学院生が、法科大学院の課程をスルーして司法試験を受けられるのは良くないのでしょう。しかし、そのような制限をするならば、大学や法科大学院でなければ学ぶことができないことがあって5、そこを経なければ法曹として決定的な弊害がある、という事情がなければならないと思うのです。

 

法曹の裾野の広さ

むしろ、予備試験の制限は、学力的に優れた受験者層を司法試験から遠ざける強い負のインセンティブになります。私が3回生のころに司法試験の準備もろくにせず法学部の地下の一角でくすぶっていた際、今や巨大ローファームのパートナーとなったある先輩にガツンと釘を刺された言葉は、今も突き刺さっています。

お前、こんな所で何をやってるんだ!早く受からないと生涯収入が減るんだぞ。最初の何年かの収入じゃなくて、最後の何年かが損失になるんだ。それがどれだけ大きな損失になるのかよく考えろ。

すなわち、試験制度がどうであろうともろともせずに立ち向かえるような能力の高い層にとっては、早く資格を取って社会に出られる可能性があることが最大のインセンティブになります。それは、奨学金を充実させるということではカバーできない程度の強力なものです。

かけがえのない人生を生きる人々の喜びや悲しみに対して深く共感しうる豊かな人間性を有する法曹6を育てることは大切ですが、正確な法知識とそれに基づく法運用が職業的な基盤となる法曹の職務の性質からすれば、少しでも学力が高い人材を増やしていくことはそれと同じくらいに重視しなければならないことです。

特に、学力の問題についていえば、近時、興味深いデータの分析結果を目にしました。予備試験合格者の方が司法試験の成績が良い傾向にあるようなのですが、そうすると、そもそも予備試験の合格者数が不当に制限されている気がします。予備試験は、司法試験を受けようとする者が法科大学院の課程を修了した者と同等の学識及びその応用能力並びに法律に関する実務の基礎的素養を有するかどうかを判定することを目的とした試験であるのですから(司法試験法5条1項)、この運用の実態であれば司法試験法の明文に反するのではないか、という疑問があります。

「法曹のすその」が広がることは良いことです。ただ、予備試験の制限は「すその」の一部の崩落を招きます。崩落が予想される部分は学力的な最優秀層ということになりそうですが、それは良いのでしょうか。頭の良い人も、苦労をした人も、いずれも含めた幅のある裾野が広がるような法曹界であって欲しいと思います。

以上のような理由により、予備試験に制限を設ける、特に、大学生や法科大学院生は受験できないとか、年齢での制限を設けるのであれば、これはむしろ法曹界への有為な人材の流入を遠ざける帰結になるので、反対です7

せめて、予備試験くらいは、多くの科目について試され、誰にでも公平に受けられる、という意義を失わないようにして欲しい、と思います。

 

司法試験合格者の人数

最も考え方が異なるのは、司法試験合格者の人数に関する点です。

藤本先生が合格者の急激な減少をさせないと主張している理由は、主に次の二点であろうと理解しています。藤本先生のブログから引用いたします。

確かにいま、合格者増の中で、厳しい状況にある弁護士さんが0ではないと思います。また、訴訟件数は減っていると言われます。しかし、競争を忌避し、非訴訟分野・国際分野における法曹の需要の増大に応えずして、弁護士が国民の信頼を勝ち得るでしょうか。

すなわち、まず一点は、非訴訟分野・国際分野における法曹の需要は増大しているという点です。

私は、3つの法科大学院で年間5コマ教えています。「3000人合格」時代を夢見てこの世界を志願した者に、1800人合格という門戸の狭め方(現状)でも頭が痛いのに、また、政府も昨年1500人「以上」とするとりまとめ(=1500は下限、これよりもう減らさない)をしたというのに、更に「早期に1500人」(=1500は上限、更に減らすことになりえる)とする案であれば、世の中にどう映るでしょうか。厳しい時代ではあります。でも、後輩がさらに合格枠が狭くなることで心配するような世界にしたくないです。

そして、もう一点が、これから法曹を目指す後輩達を心配させないようにして欲しいという点です。この世界を目指す人たちを失望させて別の進路に行かれてしまうようなことがあってはならない、ということになろうかと思います。

 

法曹の需要は増えているのか

まず、法曹の需要が増大しているかどうか、という点について考えます。

訴訟事件は減少傾向にあります。単に過払い金の事件が減ったという以上に減っています。破産事件も減っています。それで、弁護士が増えたから訴訟になる事件や法的整理となる事件が減ったのかとも思ったのですが、何故かそういうことでもないようで、訴訟外で処理する事件が増えているわけでもない雰囲気を感じるのです。おそらく大多数の弁護士の実感はそうでしょう。

そうすると、需要が増大していると捉えている藤本先生の見ている世界と、私が見聞きする世界とは、全く別であるとの感を持ちました。おそらく、弁護士需要の認識というのは、各自の属する世界で大きく変わるものなのかもしれません。この点をめぐって言い争っていてもおそらく生産的な議論にならないのでしょう。

私自身の認識としては、全体的な弁護士への需要は変わっていないかやや減っているかな、という印象です。ただ、それでいて弁護士の人数自体は激増していますから、一人が扱う仕事量は減っている、ということは否定できません8

とはいえ、例えば田舎の我が街の周りであっても、地元企業が海外進出するというような話はしばしば見聞きします。しかし、渉外的な仕事が私に舞い込んでくることはほとんどありません。それはおそらく、営業が足りないので企業とのチャネルがなさ過ぎる、ということと、渉外的な仕事を扱う能力を身につけていない、という事情に大きく起因します。そりゃあお前さんの努力不足だよ、といわれればそのような批判には甘んじても仕方がありません。

そこで、ただ単に、需要が減少しているからどうにかしろ、と声高に叫んでいれば良い訳ではなさそうです。とはいえ、今から語学を学ぶのかとか、留学して来るのか、となると現実の困難はあります。ただ、私自身も、できる範囲でどのような需要があるのか敏感になっておく必要がある、ということは藤本案を考えていて思ったことです。

 

後輩達を心配させるな

藤本先生はロースクールで教えて若い人を間近に見ておられるので、このような思いを強く持つのだと思います。後輩への配慮という点は確かに大切なことです。

ただ、私としては、この道を志す若い方々には、まず学力の面でしっかり競って欲しいという思いがあります。制度の変動に関わらず、依然身につけるべき法律家としての基本的な学力は何か、ということを良く考えて鍛錬して欲しいと思うのです。その観点からは、あまり関門が広くなりすぎると問題かと思います。特に志願者が減っていく傾向にあるということになると、尚更です。

この点に関していえば、私も既存の法曹として、弁護士業界の悪いところばっかりアピールして後輩達の不安を煽っているような気もしないではありません。そうだとすれば大変申し訳ないです。しかし、本当は、野村謙二郎選手の引退スピーチ9のように、仕事の楽しさをアピールしたいという思いを多少持ち合わせてはいるのですが。

言い訳をすると、そこは田舎暮らしの悲哀もあって、若い人たちにアピールをする機会が乏しいことはあります。強いて言えば、うちの岩田明子弁護士が北大のロースクールの講義にゲストで呼ばれて過疎地の弁護士について話をして来るだとか、あるいは、帯広に選択型修習で修習生が来れば出来る限り手厚くもてなす、という程度のことはあるのですが、業務の魅力を積極的にアピールするには至っておりません。そんなことだけで後輩達の心配がなくなる訳ではありませんが、この仕事に魅力を見出して頂くために何かできないだろうか、とは思ってはいます10

 

まとめ

以上、人数論については積極的な反論というよりは自分の反省を書き連ねているだけで話が逸れていっている感がありますが、なお、私の基本的な考え方としては、予備試験の制限には反対ですし、司法試験合格者の減員を行わないようにするという点については、現下の情勢では賛同できないということではあります。法曹需要の問題もさることながら、志願者の学力の低下を懸念する側面が強いです。

しかし、藤本案を吟味することには意義があります。

特に、文字通り世界を股に掛けて飛び回っている日々多忙な藤本先生が、法曹養成の問題を大変案じて、実際に行動しているという姿を見ると、お世辞ではなく最大級の敬意を抱かざるを得ません。そのように既存の法曹が真に「この国のかたち」を考えて活動することが大切だ、ということを体現しているかの如く見えます。

法曹養成の問題について、既存の法曹があきらめることなく議論を続けて、志ある良い人材を一人でも多くこの世界に招くことができるようになることを願いたいと思います。

 

 



  1. 日弁連執行部の提案する案もあるが、FAXで送りつけられてきたものを読んだ限り、検討に値しないように思えた。とはいえ、それについては別稿にて批判をすることとしたい。 

  2. 日弁連理事会では、規模感としては全く譲っていないといった説明はされているようだが、どうであろうか。実際、懸念を示している理事もいたようである。 

  3. 2014年11月12日の法科大学院協会「予備試験のあり方に関する意見書」(PDF)も、この点について藤本案と同様の見解である。同意見書を読んでみたが、我田引水とはまさにこのことだとの感想しか持たなかった。どうしたら法科大学院は社会のために役立つことができるのか、より建設的な議論と創意工夫を期待したい。 

  4. 例えば、帯広市には帯広畜産大学という優れた大学があるが、法学部もなければ法科大学院もない(法学研究者はいる)。北海道の法科大学院は、北大と北海学園大の2校のみでいずれも札幌市にあるから、この辺に住んでいたら事実上司法試験の受験は困難である。だが、昔は大学の教養課程の単位を取っていれば旧司法試験二次試験の受験ができたから、中大の通信制などで教養の単位を取って短答式試験から受験できたし、実際それで弁護士になっている例を聞いたことがある。 

  5. 私自身は法学部の授業に出ず、「法学部の授業が試験準備のために崩壊している。何とかしなければならない。」と言われるような状況に多大な関与をしたが、藤本先生の講義であれば進んで受講したい。 

  6. 平成12年4月25日司法制度改革審議会「法曹養成制度の在り方に関する審議の状況と今後の審議の進め方について」 

  7. 更にいえば、憲法上の問題が生じると考えられる。おそらく、身分で区切っても、年齢で区切っても、法科大学院が十分な教育的成果を上げられているといえないのであれば、不合理な差別として違憲ではないか。 

  8. だからといって、暇だという訳ではない。 

  9. 「今日集まっている子供たち、野球はいいもんだぞ!野球は楽しいぞ!」 

  10. もっとも、経済的な問題について率直な話をしてしまうと、若い人は地方での弁護士業務への興味が減ずるかもしれない。それを人の生き方の問題として割り切って考えてもらえるであろうか。近年、衝撃的だったのは、超が三つくらい付くような超一流企業のインハウスの後輩が年収○○○○万円もらっていたという話を聞いて、腰を抜かしたことである。もちろん、そのような企業に勤めていると好き勝手にツイートしているような自由はない、ということのようである。