日弁連臨時総会を終えて

平成28年3月11日午後2時より、弁護士会館にて日本弁護士連合会臨時総会が開催されました。議題としては、司法試験の合格者数の問題、司法試験予備試験のあり方に関する問題、そして司法修習生への経済的支援に関する問題、といったものです。詳しくは過去の記事(臨時総会多事争論)などで触れておりますので参照していただければと思います。

 

決議の結果

結果としては、藤本一郎会員の提案による修正案は否決され、日弁連執行部案は可決、招集請求者案は否決、ということになりました。票数は次のとおりでした。

日弁連執行部案
出席会員総数 13406人
賛成 10379票(本人出席494・代理出席9843・弁護士会42)
反対 2948票(本人出席201・代理出席2738・弁護士会9)
棄権 79票(本人出席14・代理出席64・弁護士会1)

招集請求者案
出席会員総数 12756人
賛成 2872票(本人出席189・代理出席2674・弁護士会9)
反対 9694票(本人出席451・代理出席9201・弁護士会42)
棄権 190票(本人出席17・代理出席172・弁護士会1)

なお、2016年3月1日現在の日弁連の弁護士会員数は37760名ですから、この問題をめぐる実際の多数派は、興味がない、という人たちのような気もしないではありません。

 

議論の評価

招集請求者側の主張については、どうもいわゆる「弁護士食ってけない論」あるいは「法曹の質の劣化論」に終始してしまったような気がしてなりませんでした。特に経済的な苦境という問題は、「岐阜の山奥の弁護士はイノシシの捕獲で食っている」みたいなユニークな発言もありましたが、そこを自分たちで言ってはいけないよねえ、という点については考慮できなかったのかという気がしてなりません。我々は競争に打ち勝つ気概があるのだ、しかしなお公益活動を維持するメカニズムの崩壊や学力低下の問題がある、それは社会の問題なのではないか、ということをもっといえなかったのか、と思えてなりません。

もちろん、自称若手会員である私も、招集請求者側の意見を言うのは老人ばっかりだみたいなことを言われるのも嫌でしたので、並々ならぬ決意を持ってそういう意見を述べる準備はしていたんですけども、討議が打ち切られてしまいましたのでその思いを果たすことはできませんでした。

大変無念です。

そうしたところ、おそらく本当の若手会員らしき方から「仕事あるんだから早く終わらせろ!」「暇な老人達の議論につきあってられるか!」的なヤジが飛んできましたので、私はここに法曹の質の劣化を見たような大変複雑な思いを持ちました。

さて、私とは意見は異なりますし、結果的に否決はされましたが、藤本一郎先生の獅子奮迅の活躍には触れなければなりません。当日修正動議に必要な50人を揃え、そして演台に立って、将来の法曹志願者に安心して司法試験を目指してもらえるようにして欲しい、もうネガティブキャンペーンは止めにしませんか、と切々と説く藤本先生のお姿には感銘を受けざるを得ませんでした。

藤本先生は、かつて、自分が人徳とかカリスマというものが欠けているということを佐藤幸治教授の前で話したところ、「自分で人徳やカリスマがないと決めてしまうのはおこがましい。人徳やカリスマは後からついてくるものだ。」とおこられたといったエピソードがあるらしいのですが1、まさに後からついてくる何かがあるように見えてなりませんでした。

そして、日弁連執行部案の賛成意見を聞いていましたが、まあ、これも事前に仕込まれているといった感を受けるものもありました。概ね、ロースクールのすばらしさを説いたり、インハウスなどでの需要が強いといった意見ではあるのですが、どうも聞いていて、果たして、あなた方は現実を直視できているのですか、浮ついた意見を述べてお恥ずかしくはないのですか、との思いを持たざるを得ず、何か将来に向かった暗澹たる思いに囚われざるを得ませんでした。

 

当会の動向について

さて、釧路弁護士会では、日弁連の総会における従前の慣例としては、日弁連執行部からの提案があればこれに弁護士会として賛成し、会長がそれと同じ趣旨の委任状を集めるという扱いをしていました。

そして、実際に執行部案に反対して総会に出た人がいるような話はこれまで聞いたことがありませんでした。

今回は、私としては臨時総会の招集を請求してしまったので同じようにするわけにもいかず、総会に出席して執行部案に反対する投票をするので賛同する方は私に委任状下さい、というお願いを会員宛にしました。当会の執行部はこのような異論にも配慮してくれて、弁護士会事務局からも各会員へそのようにきちんと案内してくれました。

このように議論を尊重し信義を重んずる当会の諸会員の意識は、一方的にFAXニュースを垂れ流すような方々のそれとは全く異なるものです。

すると、当会の長老ともいうべき先生から真っ先に委任状が届き、また別の長老ともいうべき先生からは、総会では堂々と意見を述べてきなさい、健闘を期待している、との激励まで頂きました。もちろん他にも少なからぬ委任状をお預かりしたのですが、有り難いことでした。この地域でも司法制度改革の行く末を心配している人は少なくないとの思いを持ちました。

当会に限っていえば、今回の決議が与える影響はそう大きくはないものでしょう。結局、司法試験の合格者数が増えようと減ろうと、あえてこの地方での勤務や開業を目指す人が今後激増する見込みがあるとは言い難いからです。司法試験の合格者が増えたところで、根室や遠軽で開業する人が増えるようには思えません。司法過疎の問題の根本は、もはや司法に限った問題ではなく、地方経済の収縮と人口減少の問題であると私は見ています。

稼げなくなれば田舎で仕事なんてしない、それは若い人には当然のことです。都会の方が競争が多くても稼げるチャンスもあるし、あるいは、稼げるかどうか分からなくても都会の生活環境の方が良いと考えるのが普通です。それは元々仕方がありません。そのような実情を無視して「地方に行け」なんて主張する増員派の先生方は虫が良すぎます。地元出身者がUターンして戻ってくるのはあり得ることですが、そうでなければ、奇特な人でもない限り余所から来てこの辺りで仕事しようとも考えないでしょう。

それでも、当会では司法修習などの機会を通じて修習生には当会の弁護士の活動の良さを理解して頂けるよう会員が皆努力していることはいうまでもありません。それでもなかなか残ってくれないというのであれば、これもまたやむを得ないことなのでしょう。

司法制度改革が「この国のかたち」を問うものであるというのであれば、日本の端に位置する弁護士会に在りながらも「この国のかたち」を考えて仕事をしていくことが、これからの私の課題であるというように感じております。

 

 



  1. 藤本一郎「「自分の限界」を超えて」京都大学広報誌紅萌第15号8頁。佐藤教授におこられたという話はともかく、確かに当時の京大法学部はかなりの自由放任ぶりで、その中で各自学んで各自の道を進んでいくという雰囲気はそれなりにあったのではないかと思っている。近年は、法学部の管理が厳しくなっているとか色々問題はあるようなのだが、今後の学生さん達も同様にあってほしいということを期待はしている。