リーガルサービスの経済学(2)逆選択への処方箋

逆選択への対処

前稿(リーガルサービスの経済学(1)市場はもう死んでいる)では、リーガルサービスの市場には情報の非対称性が存在し、それ故に逆選択が発生して悪い弁護士ばかりが生き残る、ということを述べました。

もちろん、前提事実の設定がおかしいとか、経済学のド素人がデタラメ言うな、という批判はあり得るかもしれません。一応知られた経済理論に沿った話しか述べてないのでそんなに変な話ではないはずなんですが、驚くべきことに、経済学者の中には市場での競争を重視する余り弁護士資格など撤廃してしまえといった極論を展開する人もいるようです。

さて、逆選択を克服するにはどうすべきかという問題があるわけですが、一般的には、

1.シグナリング

2.スクリーニング

3.その他

の対策が考えられます。そこで、弁護士業界においてこれらの方法がどのように使われているか、またその実効性があるのかどうなのか検討したいと思います。

シグナリング

シグナリングとは、情報優位にある者が自己の保有する情報を情報劣位にある者に伝達し、それを信じさせる手法のことです。

弁護士の最大のシグナルは資格です。一定の例外を除き司法試験を合格しなければ弁護士になれないことは、能力の担保となります。もっとも、弁護士資格は、非弁護士との関係ではシグナルとして意味がありますが、弁護士同士の比較には役に立ちませんし、資格があってもダメな弁護士はいますから、シグナルとしての限界があります。

その他、学歴などの経歴に関する事項の表示もシグナルとしての意味があり、能力を推測するのに役立つ場合があります。著名な大規模ローファームの弁護士プロフィールを見ればこうした事項で埋め尽くされていますが、それはこのような理由です。しかし、これもあくまで一事情に止まり、現時点での有能さを必ずしも担保しません。著名な学校を出てるけどどうしようもないのがいる、ということも目にしない訳ではありません。

近年目立つシグナリング手法としては、ブランド保証があります。

業務の拡大を図る場合にブランディングは必然的です。何故かといえば、一定のブランドがないと見知らぬところで支店を出して集客したり、あるいは新分野の顧客を得ることに困難を来すからです。そこで新興の法律事務所、あるいは大規模ローファームにおいても同様ですが、過去の実績のアピールであるとか、セミナー開催、メディア出演、広告出稿による知名度の拡大などを通じて差別化を図ることになります。

また、保証の手法としては、一定期間内の着手金返金や、利益が出なかった場合の報酬の免除といった形のものを見ることがありますが、これらもサービスの品質に対するシグナルとしての意味があります。もっとも、品質保証としての意味があるかは返金の条件にもよるでしょうし、本来的には依頼者が損をする事件は出来る限り事前に予測して受任を控えるべきでしょう。

誤ったシグナルが送られている?

いずれのシグナルについてみても、ないよりあった方がマシだということになるのですが、いずれにしても、依頼者が弁護士を選択する際の決定的な役割を果たしているのかどうかは、疑問がないわけではありません。

それ以上に問題なのは、弁護士側でシグナルとなるべき情報を意図的に出していなかったり、あるいは出ているシグナルが間違っていると思われる場合があることです。例えば、「○○業務に強い弁護士」というアピールは本当に強い人なら構いませんが、そうではなさそうな人が「強い!」といっているケースは後を絶たないので、このような事態が続く限り依頼者の弁護士選びは混迷を極め、結局、ますます逆選択を促進することが危惧されます。

スクリーニングの困難性

一方、スクリーニングとは、情報劣位にある者が情報優位にある者から情報を引き出す手法のことです。

但し、リーガルサービスにおいては役務の専門性が非常に高いため、やはり、依頼者側で弁護士の能力を試す適切な方法はなかなか思い当たらず、スクリーニングを行うことは困難だといえます。

もちろん、依頼者がやろうとするなら、複数の弁護士に合見積もりを取るだとか、セカンド、サードとオピニオンを求めるといった方法はあります。それで能力や相性を確認して事件を委任することは考えられますが、依頼者が事件を弁護士のところに持ち込む局面というのは、概ね、切羽詰まった段階で慌ててやって来ることが多いですから、これもそれほど容易ではありません。

弁護士会による統制の可否

その他の手段としては、組織的な対策とか、政府による統制といった方法はあります。

もっとも、弁護士には監督官庁がありませんから、ここでは日弁連あるいは弁護士会が組織的に何らかの対策や統制ができるかという問題にはなります。

しかし、制度的に、日弁連や弁護士会は個々の弁護士の業務内容自体を統制する組織ではありません。強いて言えば、品質確保のための研修を行ったり、問題発生時に懲戒を行うことはできます。その場合も、研修の実効性があるかは問題となりますし、既に弁護士が過誤を起こすような段階になってはどうしようもない訳で、日弁連や弁護士会の能力により逆選択の問題を解消することは困難なことです(もっとも、有力な手段となりうることは否定できないと考えています。)。

まとめ

以上のとおり、リーガルサービスの市場における逆選択の発生に対しては、これを回避する決定的な手段は存在しないと考えられます。なおそれでよいのか、という問題は残りますが、この点は追って論じたいと思います。

ここまでは、事件の受任前に発生する問題を考えてみましたが、次稿では、情報の非対称性から生ずる受任後の問題、すなわちモラルハザードによる弊害について、具体例を交えて検討することにします。

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