対話篇・弁護士食えない論

(以下は法曹養成問題について語る弁護士の架空の対話である。)

「総本山から弁護士収入アンケートが来ていたようだな?」

「ああ、それならアンケートが届く前から書いて出せと総本山から怪文書が送られて来たから渋々書いたが、自分のデータがどう影響するのかといわれると良く分からんけどね。」

「まあ、客観的なデータがあるに越したことはないとは思うから一応回答して提出はしてみたけれども、司法修習生の給費がまた実現することになるかねえ。」

 

二つの弁護士食えない論

「ところで、このあいだの臨時総会では、弁護士が食っていけないという議論に終始していておかしい、それは年寄りが若手の窮乏を奇貨として既得権を主張している、みたいな話が出てきた。」

「どうにも友愛が足りないな。色々な断絶を感じるところだよ。」

「ただ、弁護士が食えない、という話が出て来る場合というのは、無意識なのか意図的なのかは分からんが、食えないことの質的な相違を無視して感情的な議論になりがちなように思うね。」

「どういうことか?」

「あれは、年収あるいは生涯収入が他職種を下回るという問題と、文字通り本当に食えないという問題、に分けて考えるべきだ。」

「いずれにしても稼げないという話じゃないのか。どう違うというのか?」

 

ルサンチマン論

「戦前や戦中は困窮する弁護士も多かったようだし1、戦後もしばらくは楽ではなかったとも聞く。ところが、司法試験合格者を制限し続けたこととも相まって、バブルの時期には飛んでもない収入を得た人もいたようだ。最近も過払いバブルが起きた。だが、それと前後して大幅な増員があって、そのあおりで収入の平均値は大幅に減少した。歴史的にはそんなところだろうか。」

「なるほど、良い時代を見たことのある弁護士から見れば、難しい試験を受けて取った資格なのに民間企業や公務員と比べて年収やら生涯収入が少なくなるのは更にけしからん、という思いもあるだろう。心情的には理解できないわけではないけどね。」

「それは単なるルサンチマンでしかない。」

「果たしてそうだろうか。収入の問題に関しては、それだけとは言い切れないところもあるんじゃないか?」

「強いていうなら人材獲得競争の問題はある。カネが職業的魅力の全てだなんて言わないけれども、現実にはいくら稼げる仕事かどうか、ということは職業選択の上での最有力のインセンティブとして働くことは否定できないからね。」

「確かに、これだけ状況がはっきりしているように見えると、これから弁護士なんかになろうとする人もいなくなるな。」

「司法試験を受験する層の多数は、大企業に就職して良い待遇で働くチャンスもある層と重なる。そうすると、よっぽどの優秀層だか野心家でもない限り、どっちを選びたくなるかの勝負は付いている。」

「結局、司法試験の合格者数をいじっても、優秀な人材に見向きもされなければ意味はないね。それでも、需要っていう点だけでいえば、事務所によっては知力体力あふれる若い人材なら欲しい、っていう需要ならかなり強いはずだが。」

「でも、良く聞くでしょ?『人は欲しいが、良い人がいない。』って。」

「残念ながらそれは良く聞く話だ。」

「制度をころころ変えずに志願者を安心させることは大事だけれど、もう、それだけでは良い人材が流れてくる状況では無くなってしまったな。」

「ところで、岐阜の山奥の弁護士はイノシシを捕獲しているってのは本当なのか?」

「そういう話はあった。あの世代はユーモアなら負けないのだけどね。でも、自分たちが食えなくなるからどうにかしろ、と言うのは良くない。」

「どうして?」

「公共性を偽装している。弁護士が自分の稼ぎが減ったことを理由に参入規制を強化しろと主張してしまうのでは、弁護士以外の誰も理解しない。もちろん、弁護士の中にだって理解しない人も出て来る。」

「もっとも、価値に見合った配分がなされていない状況があるなら、それを許すのは良くないことだとはいえるのではないか?」

「弁護士の仕事に対して不当に評価が低くてタダ働きを強いられているとか2、あるいは、弁護士になるまでに大変な教育費用を要するのにそれを回収できないような状況になっているなら3、そのような仕組みのままであるのはおかしい、ということはいえる。」

「そう主張できるほどの根拠は既にあるのだろうかね?」

「貸与制の世代が貸与金の返還を迫られる時期になったときが一つのヤマではあるだろうね。万が一、支払に困難を来す人が続出するなんて事態になったら、問題が完全に表面化することになるだろう。」

 

飢え死に論

「もう一つの弁護士食えない論は?」

「破産すると弁護士は資格を失う4。そうすると、弁護士が本当に食っていけないような仕事として存在することを、法も想定していない。もし、働く意欲のある弁護士資格取得者が、弁護士の仕事をしても生活保護水準以下の所得しか見込めないようなことになるなら、制度的な誤りが生じていると見るべきだろうね。」

「収入が減ったって話はあっても、さすがに飢え死にするという話は聞かないけど。ほら、人々のお役に立つ仕事をしていれば、法律家も飢え死にすることはない、って誰か言ってたでしょう?5

「自発的に登録を抹消した人はともかく、競争に敗れて本当に食って行けなくなった人は仕事を辞めるしかない。辞めてしまえばその声は表に出てこない。聞こえてこないだけだ。その予備軍は既にいるかもしれないが。」

「既に登録を抹消している人も少なからずいるんだから、飢え死にするようなことになるくらいだったら、さっさと転職したらいいんじゃない?」

「プロフェッショナルと称するような職業に一旦就いてしまうと、いわゆるつぶしが利かないという問題はある。若い人ならまだしも、ベテランが転身を迫られるようなことになると想像するだけで恐ろしい。弁護士やってた奴なんて杓子定規にうるさいだけでビジネスを理解してないのばっかりだ、なんて言われて煙たがられるよ。」

「でも、競争社会というのはそういうものなんだし、単なる甘えに過ぎないでしょう。弁護士を廃業したら、豹変を厭わず素直になって再就職先を探せば良いというだけの話なんであって、人間、いかなる場面でも常にベストを尽くせということではないの?」

「例えば、プロ野球選手なんかを見ていると、第二の人生を歩むのに大変な思いをしているような人も少なくない。野球しかやってなかった人がいきなり飲食店を経営したりしてもうまくいくかどうか分かんないよね。もちろん、うまくいっている人もいるだろうが、中には犯罪に走ってしまう人もいる。人それぞれ、というしかないのかもしれないが。」

「経営が上手くいかないような弁護士の存在は、社会から望まれていない。だから,弁護士としてうまくいかなかったら業界から退出しろ、という考え方だってあるでしょ?」

「まあ、それは一つの見識ではあるだろうね。でも、そう易々と言い切れるようなものではない。」

「どうして?」

「弁護士を辞められないってのは辛いことでね。追いつめられると、資格を失うような事件を故意にやるか、あるいは自殺する人も出て来る。自分には関係ないと思っていたけど、世話になった人がそうなったこともある。自由競争を高らかに掲げることは結構だけども、悲運を辿った人々のことが心中去来すると、極めて複雑な思いを持たざるを得ない。」

「それは、社会一般にも同様の問題が生じるのであって、決して弁護士特有の問題ではないだろう。ただ、辞めにくいとか、雇われづらいというような問題があるのだとすれば、それはどうしたらよいのだろうね?」

「呑気にハッピーリタイアを語る前に、真剣にセカンドキャリアを語る必要がある。」

 

食えない論と参入規制

「臨時総会でも、司法試験合格者の増員を認めた上で、新規参入先は渉外事務所か組織内弁護士のみにしろ、という修正案でも出したら良かったんじゃないか?」

「それは無理過ぎるな。ただ、弁護士への需要があるのだとすれば、かなり偏在してるのだろう。だから、山奥でイノシシを捕獲しているなんて話が出て来る。」

「問題は、弁護士資格取得者を採用したい側の要求に応える人材が育っていないことだ。国際業務や訴訟外業務に、ロースクールや司法研修所で教育する法廷中心の技術なんて役に立たない。ましてや司法試験の受験技術なんて尚更無駄だ。ローや研修所のカリキュラムも変わるべきで、外国語とかITとか知財とか、もっとすぐに役立つ勉強をさせたら良いんだよ。」

「その認識には異議があるね。訴訟で勝つか負けるか分からねえ奴がまともな契約書作れるかよ。そりゃあ、実務では司法試験科目以外の法令知識が要求されることも多々ある。ただ、それを一から勉強するって場合も、元々優秀な奴ほど理解が正確で早い。そこでちんたらやってつまづくような弁護士じゃ、ボスから使えねえって言われてクビになるぞ。基本となる法律科目の確固たる理解があってこそ他の法令も身につけ易いんだよ。だから、司法試験で学力が試されていることの意味をバカにはできない。」

「でも、参入者の学力が足りないのは良くない、というのは参入規制の強化を正当化するにはいささか単純過ぎはしないのだろうかね?」

「弁護士になってから競争だ、というのであれば弁護士になる前だって競争だ。それなら筋は通ってる。てめえら今の合格率で安心できねえとか何とか甘いことガタガタ言ってんじゃねえ、と年配者に凄まれたらとても反論しにくいだろ。もちろん若い人から大反発を食らうことは必至なんだが。学力にこだわらず参入させてもいいんだという主張もあるんだろうが、その結果どうなるかは知らんよ6。ただ、訳の分からん主張を繰り広げる代理人が増えたりすると裁判所は勘弁してくれって言うんじゃないか。」

「司法試験の合格者数を増やしても、需給の調整は市場における競争によって実現されるから、需要が減れば廃業が増えて結果的に適正な弁護士人口に収斂すると思うのだけど。そうであれば、わざわざ資格取得の時点で人員を絞る必要なんて無いんじゃない?」

「資格を取っても仕事に就けないような人が増えても、社会全体として良いことはない。例えば、資格の取得コストが無駄になる。」

「でも、取得コストだけなら、旧司法試験の時代だって無駄になってる人多かったでしょ?」

「資格のない人が食えないのと、資格のある人が食えないのでは、全くその意味が違うという問題はあるだろうな。弁護士の資格を与えられてしまうとかなり色々なことができてしまうから、それが正しい方向に使われればいいのだけれど、間違った方向に使われてしまうと不祥事のオンパレードになりかねない。そこをどう考えるかだね。」

「で、結局、合格者は何人にすべきだっていうのか?」

「それは依然として難しい問題だとしか言い様がない。ただ、司法試験受験者4万人超のころの1500人と、法科大学院受験者が1万人を割った中での1500人とでは、テストされる水準には当然違いが出る。」

「旧司法試験のころは受験者が多いって言ったって、記念受験みたいなのも多かったんじゃないか?」

「それはそうだね。ただ、そういう層がいたことを考えたとしても、法科大学院の志願者数を見る限り、もう底が抜けてしまった。法科大学院に入る時点での選抜がまともに機能していない。だってどれだけ定員割れしてる?もちろん、一握りの優秀層はともかく、参入者の学力には大きな懸念がある。」

「そんなことを言ってみたって、昔学んだことはどんどん忘れていくのが普通でしょ?司法試験の時の成績だけに権威を与える発想自体おかしくないの?」

「そこは、既に弁護士をやっている人間も、注意しないといけない。うかうかしていれば、次々と若い期の人たちに追い越されるだろう。」

「実務に就けば、新たに要求される能力だって次々と増えていくでしょう?」

「それもそのとおり。だから絶えず勉強しなきゃいけないし、競争しながら創意工夫して仕事していくことが大切だ。」

「本当に法曹の質が劣化しているなんて議論は成り立つのかしら?」

「まあ、劣化とか低下とか言い出すと、どこかの社会学者みたいな人のように炎上しそうだし、不必要に言っちゃならんだろうな。ただ、そこも極めて難しい問題で良く考えておくべきことなのだろうから、引き続き議論することにしよう。」(つづく)

 

 



  1. 大野正男著・日弁連法務研究財団編『職業史としての弁護士及び弁護士団体の歴史』(日本評論社、2013)にこのあたりの経緯は詳しい。まさに、歴史は繰り返すということを痛感する内容である。 

  2. 日本司法支援センター(法テラス)が扱う民事法律扶助関連業務や国選弁護業務については、もちろん一定の報酬はあるからタダではないにしても、その業務量や受任者の能力を問うことなく低廉な報酬基準を設定していることから、この観点からの重大な問題が生じていると見るべきであろう。今のような状態が続けば、引き受け手が出なくなる懸念がある。その結果を誰がどのように引き受けるべきなのであろうか。 

  3. 近年においては、ロースクールの授業料を奨学金で賄ったり、司法修習中に貸与金を受けたりした場合には、重大な問題が生ずることになる。 

  4. 正確には、「破産者であつて復権を得ない者」は弁護士となる資格を有しない、とされる(弁護士法7条5号)。なお、弁護士が破産手続開始決定を受けた場合には、委任契約の終了事由にも該当するから(民法653条2号)、いずれにしても業務の継続は不能であろう。 

  5. 高橋宏志「成仏」法学教室307号巻頭言(2006) 

  6. ミルトン・フリードマン(村井章子訳)『資本主義と自由』274頁(日経BP社、2008)では、「無知な一般市民には腕のいい職人を見抜けないというなら、必要なのは、誰の腕がいいのか情報を公開することではないか。そうした情報を与えられたうえでなお無資格者を利用するとしたら、それはその人の勝手である。」として、免許制を正当化する理由はもはや存在しないとの主張がなされている。フリードマンは医師免許制度を例に挙げ、免許制は医療の量を減らし質を低下させているとの結論を導いているのであるが、同様の批判は弁護士資格制度についても妥当するものではあろう。