対話篇・法曹の質劣化論

(以下は法曹養成問題について語る弁護士の架空の対話である。)

「法曹の質が劣化している、という意見があるね。」

「まあ、『劣化』というのは宜しくないと思うのだが、それについては東大の太田勝造教授だったかな、実証的研究を既にやっていたと思う1。」

 

若手は劣化しているのか?

「どんな内容?」

「弁護士の修習期が大きいほど、民事弁護の質は高いということだ。」

「えっ、修習期が大きい?」

「そうだ。経験が長い、ではない。」

「ということは、比較的弁護士経験が浅い方が質が高いということか。」

「そう。ベテランが質が高いという結果ではなかった。」

「逆に、依頼する方は弁護士が若いのを好まないことが多いようにも感じるけどな。確かに、若い人の方が一生懸命やるからね…。」

「すなわち、『法曹の質の劣化』なんていうのも単なる幻想でしかないということだよ。一方的に若い人にレッテルを貼るのではさすがに宜しくない。」

「ただ、例の太田教授の研究は、裁判所に出てきた書面に基づく評価という限界はある。」

「質の問題は対裁判所に限らないだろうから、さらなる研究が待たれるな。」

「ところで、修習生を見ていての感想では結構ひどい意見が出て来ることはあるな。司法研修所の起案の内容がアレだというような話も聞くし、模擬裁判やらせたらグダグダだとか何とかというような話はある。」

「そのあたりは数値化できないだろうけど、実感としてはあるのだろうね。ただ、果たして自分だってそんなにほめられたような起案してたかよ?一部の話だっていえばそれまでだ。」

「弁護士としての考え方とか仕事振りがどうか、って問題もあるようには思うが?」

「若い人からびっくりするような主張を受けることはたまにある。でも、そういったことは若手に限ったことではなくて、むしろ都会にいる中堅どころが荒唐無稽な主張を展開してきてもっとびっくり、ということはあるな。あれは何でだろうか?」

「力関係だな。それだけ顧客側のプレッシャーが強くなり過ぎて抗えなくなってるってことだよ。」

「なるほど。力関係とかカネ関係という話になってくると、これからのトレンドはやはりスラップ訴訟ということになりそうだな。」

「さすがにどうかと思うけどね。例えば、ある国の指導者は、うるさい政敵がいると容赦なく名誉毀損訴訟に持ち込んで破産に追い込み、政治生命を失わせるといったことをやってたと聞いた。」

「ああ、あそこはコモン・ローの国なんでそれも『法の支配』2だ。」

「法の支配3…。我が国もそうなっていくのだろうかね。物言えば唇寒し、だ。」

「あと、食っていけなくなって横領、ってのはもはや質の問題というのもどうかと思うが、最悪だね。」

「まったく頭が痛い話だが、それは今後も増えるだろう。ただ、どちらかというと若い人の問題ではない。そもそも、そんな不祥事を起こす奴らが多額の金を預かれることが不思議でならんのだが。」

「若手の方が、環境が厳しいってのを最初からわきまえて順応しているところはあるだろうね。むしろ、中堅やベテランが、今までどおりの仕事ぶりで何とかなると思って経営の仕方を考えないと、大変なことになるっていう側面はある。」

「預かり金の横領の問題は深刻だ。総本山もさっさと第三者預託の仕組みを何とか構築して義務化してしまうとか、何か上手い方法を考えないとダメだと思う。」

「そこは喫緊の課題だね。」

 

気質の変化

「どうも弁護士の仕事ぶりが今までに比べておかしい、ということは目に付くよね。特に営業手法とか事件処理についてなんだが。景品表示法違反まで行くようなのはアウトだが、そうでなくとも何か知らんが広告はえらく盛ってるし、事件の処理では依頼者の主張を鵜呑みにしすぎる。若手に比較的多いと思う。」

「何も若手に限ったことじゃないだろう。業界全体の仕事のあり方というか、雰囲気は変わってきている。」

「過当競争による影響もあるかな。」

「それが原因かどうかはともかく、確実に気質の変化はある。」

「そう、劣化だとか低下とかいう言葉を使うのはいかがかと思うが、『気質の変化』は近年の弁護士業界においては強く感じる。」

「それが悪いことなのかどうかなんて分からないね。結局、そのような弁護士の在り方について、多くの人々の同意が得られるかどうかということなんだろう。結果を考えずに言いなりに動いてくれれば満足だとか、安くて悪いサービスでも良い、って人がいれば、それは頼む人の自由だよ。」

「そんな人に限って、言ったとおりにやっても結果が出ないと大変なクレーム付けるんだけどな…。そして、実際のところは、高くて悪いサービスが跋扈している。」

「不思議なことだがそのとおりだ。」

「ただ、『社会生活上の医師』だなんていっている割には、医師と違って弁護士には応召義務がないから、まだ自分なりに責任持って判断する自由はある。それでも、経済的なところを握られれば、弁護士の判断の自律性ってのもどんどん損なわれていくんだよ。」

「確かに、カネのことが頭をよぎって事件を受任するかどうかの判断が曇るところまで至ってしまえば、多分、その時が弁護士の辞めどきだろうな。」

「誰か違うことをいうのがいるから、いざというときに役立つということはあると思うのだけど。例えば、顧問先がビジネスプランを相談しに来たが、それがどう見ても違法だったらどうする?止めろといわなきゃならんだろ。カネもらってるからってお墨付き与えるとかしちゃならんのだと思うよ。」

「そりゃあ修正してどうにかなるなら、ぎりぎりを狙うって方法もある。石橋を叩いて壊すようなことは望まれてない。そこで知恵を出せるかどうかが勝負だよ。」

「修正の余地があればね。でも、だんだん力関係が変わってくると、どっちにしてもはっきり物をいいにくくなってくるんじゃないかな。」

「それはもうしょうがないんじゃないか?」

「まあ、そのうち人工知能が発達して、弁護士の仕事も根本的に無くなる日がくるのかもしれないけどね。だけど、法律を専門的に扱う仕事自体は、これまでだって長く続いてきた職業なんだから、何か変わらずに最後に残るところはあるんじゃないかと思うんだよ。」

「そうだろうか。もはや弁護士も普通の仕事の一つでしかない、ということではないのかな。」

「難しいところだね。ただ、そうなっていくのだとしても、特有の課題ってのは少なくないんじゃないかな。目をつぶってしまえば、その先にあるのは『法の支配』4を装ってはいるけど実は無法地帯だ、ということになりかねない。変わらない役割が何なのかってことを考え続けることはどうしたって必要なんじゃないか。」(おわり)

 

 



  1. 太田勝造「弁護士の民事訴訟におけるパフォーマンス評価: 法曹の質の実証的研究」(PDF)東京大学法科大学院ローレビュー第9巻132頁(2014) 

  2. 例えば、井上達夫『法という企て』37頁(東京大学出版会、2003)には、法の支配論への批判について「法の支配は、実定法の物神化によって体制的権力を批判免疫化する機能をもつか、さもなくば法的議論をイデオロギー闘争の代用品に転化する機能をもつ。いずれの場合も、法の支配は、政治闘争のアクターが「政治的に中立な法的論議」の仮構に自己の党派性を隠蔽して正統性を欺瞞的に調達することを可能とする装置である。」とのまとめがある。 

  3. 無論、法の支配も論争的な概念であり、例えば、長谷部恭男『比較不能な価値の迷路』149頁(東京大学出版会、2000)には、「ことばの使い方はもちろん人によってさまざまでありうるが、法の支配を「正しい内容の法」の支配と同視し、望ましい法秩序のあり方をすべて含むかのように濃密に定義してしまえば、この概念を独立して検討の対象とする意義は失われる。」とある。 

  4. 「社会の隅々まで法の支配を」あるいは「すべての分野に法の支配を」といった目標が掲げられているとして、ここでの「法の支配」とはいかなる意味を有するものであろうか。仮に、それが「理性的な人々の行動を規制するために法が備えるべき特質」という意味(長谷部・前掲149頁)であるとすれば、何を言っているのか不明である。だからといって、それを「社会のすべての場面で法令遵守を実現する」といった意味に捉えるならば、形式的法治主義と何が違うのかという疑問がある。一方で、それが濃密な意味での「法の支配」を意味するとすれば、果たして、「正しい内容の法」を理解した適切な人材を、その実現のために適切に配置して適切に活動させる条件は確保されているのか、といった点が重要な課題となるのではないか。この観点から興味深い論考として、愛敬浩二「「法の支配」再考 : 憲法学の観点から」(PDF)社會科學研究第56巻第5/6号(2005)がある。