城跡と裁判所(20)さいたま地方裁判所熊谷支部

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熊谷直実像

ああ、武士ほどつらいものはない。武芸の家に生まれなかったなら、このように残酷なまねはしないですんだものを。功名手柄などはなんになろう。いくさに勝った負けたとさわぐなど、ばかばかしいにもほどがある。ああ、むごいことをしたものだ。残念なことをしたものだ1

ああ、弁護士ほどつらいものは…ということではありませんが、熊谷駅前には、扇を掲げて平敦盛を呼び止める熊谷直実の像が立っています。己の運命を嘆きつつ泣く泣く敦盛を討ち取るこの場面、平家物語の中でも最大の見せ場のように個人的には思います。

ということで、あえて夏真っ盛りの8月に埼玉の熊谷を訪ねてみます。

 

熊谷の裁判所

熊谷といえば、既に「灼熱の熊谷支部決死の千里行」という極めて秀逸なルポルタージュが存在しますので、私如きが付け加えることは多くありません。

そこで何故熊谷かということなんですが、それは私の実家のあたりを管轄する裁判所があるからなんですね。しかし、熊谷の裁判所を見たのは今回初めてです。

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さいたま地方裁判所熊谷支部

 

埼玉の城下町

熊谷の市街地は近世に中山道の宿場町として発展をしていったところなので城があるわけではなく、近隣の城を見に行ってみます。

隣の行田市は忍城の城下町として発展した街です。

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忍城趾

忍城、最近では「のぼうの城」という映画や大河ドラマの「真田丸」でも出てきました。石田三成が大規模な水攻めを図ろうとしたものの攻め切れなかった城です。

行田には城跡だけではなく立派な古墳群もありますので、是非、観光に訪れて十万石まんじゅうを買って帰りましょう。

 

比企地区の司法事情

さて、この地域から離れて20年余りが経ちましたが、比企地区の司法事情についても気にならないわけではないところです。

比企地区の中心地は東松山市ですが、裁判所はありません。東松山市及び比企郡の各自治体の裁判所管轄の関係は、下の地図のようになっています。

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熊谷 秩父郡に属するが熊谷 川越 簡裁・家裁は飯能、地裁は川越

比企地区の多くの場所は熊谷支部の管轄ですが、川島町は簡裁・地裁共に川越、鳩山町は簡裁と家裁出張所が飯能(これまた行くの面倒そう)、地裁が川越支部の管轄ということになっていて、バラバラです。ついでに、秩父郡東秩父村は秩父支部ではなく熊谷支部の管轄です(秩父市へは山越えになる)。

私が居たのは吉見町という国道も鉄道も走ってない町でしたので、家から梨畑2の中を抜けて国道端にあるバス停まで行き、バスに乗って熊谷へ出ることもあったのですが、この地域から熊谷へのアクセスは良くないです。地元の人は車で移動することが多いとは思いますが、例えばバスであれば東松山駅からだと熊谷まで40分くらい掛かるでしょうか。

こうしてみると、このあたりは東京からの距離でいえば50キロ内外の場所ながら相変わらずの不便ぶりだなあ、という気がしてきます。ただ、私が居たころはどこに弁護士がいるのか良く分かりませんでしたが、最近はこの地区も弁護士は増えているようですから、時代は変わったものです。

便利に見える関東地方ですが、よく見てみると、それなりに人口のいる地域に裁判所がなかったり、一方で警察は点在しているところもあり、実は場所によっては弁護士が活動するのは大変そうな気がします。その厳しさからすると、坂東武者を育んだ風土今も在り、というところでしょうか。

 

 



  1. 長野甞一『平家物語』192頁(ポプラ社、1965) 

  2. 東松山市の東平は知る人ぞ知る梨の産地で、以前、ここの梨に「さいむ梨」という名前を付けて配った某法律事務所があった。東平の梨をアピールしていただいたのは大変宜しいのだが…。