弁護士法人の実像・釧路編

平成28年4月1日現在、私の所属している釧路弁護士会は、78名の自然人会員の他、12の弁護士法人会員により構成されております。

さて、本稿はそのうち弁護士法人についての話題ということになるのですが1、弁護士法人は、従前法人形態による弁護士業務は認められていなかったところ、平成14年4月1日に施行された弁護士法の一部を改正する法律により認められた制度です。

この立法化には、当時日弁連副会長であった当会の会員が日弁連側の担当者として尽力したようにも聞いておりますので、この制度が先人の多大なる努力により設計されたことに思いを致し、まずは活用の途を探るべきであろうと考えているところです。

 

弁護士法人制度の趣旨

弁護士法人の制度趣旨としては、「法人組織によって法律事務を取り扱う途を開き、弁護士業務の共同化・分業化・専門化を促進し、高度に専門化した質の高い多様な法律サービスを安定的に供給することを可能とすることにより、複雑・多様化する国民の法的需要に的確に応え、その利便性の向上に役立たせようとする」ということだったようです2

ただ、司法制度改革の成否を握る鍵の一つとも位置づけられた3弁護士法人の制度でありますが、実際に使用される類型について単純に考えてみると、

  1. 人的側面に着目すると、一人法人型か共同型か
  2. 展開に着目すると、支店を展開するかしないか

といった視点から見ることができるように思います。

このうち、一人法人型は、弁護士の総数が1名の場合とイソ弁もいる場合とあり得ますし、また、共同型は複数の社員が存在する場合ですが、これも事業承継の色彩が強いものと、むしろ事業共同化の色彩が強いものとが見られるようです。

また、弁護士法人制度の最大のメリットは支店を出せることにありますが、支店を出す目的があるかないかの違いもあります。

以下、当会で見られる類型を中心に、弁護士法人制度の具体的な活用方法を見て行くことにしたいと思います。

 

一人法人型

弁護士法人の制度においては、一人法人は禁じられていません。そこで、弁護士1名の事務所が法人化してその弁護士が法人の唯一の社員となったり、社員数の変動を経て社員1名により存続しているといった類型の法人も複数存在しています。

一般的には、法人を設立することで社会保険加入の関係や経理の分別化などメリットはあるということにはなるのだと思われます。但し、法人でない場合に比べてコストが増加する要因にはなります。

現時点では、社員1名の弁護士法人として計6事務所が存在していますので、全体の弁護士法人数からは一人法人の比率は高めかもしれません。

 

共同型

ボスの高齢化に伴い従前のイソ弁等を社員化した上で法人化し事業承継に備えるという類型も、制度趣旨には即したものといえます。

もっとも、結果的に承継がされずに清算に至る場合もありますし、また、ボスが引退するにはまだ早い場合もあるでしょうから、具体的な法人の在り方は社員の人的構成の如何などにもよるところが大きいです。

当会において第1号の弁護士法人を設立したのは釧路のK会員なのですが、設立直後に「俺は給与生活者だ!」と仰っていたのを聞いて、これほどの御大が給与生活者とは何事かと驚いたことがあります。もちろんそれは経理的な観点の話で、個人事業主の場合とは異なり、社員に毎月一定額の役員報酬が支払われることになる一方、法人の交際費の損金算入には限度がある4、などの制度的な相違を指摘する趣旨だったようです。

その後K会員は逝去されましたが、法人は構成員の変動にかかわらず存続することにその特質があります。弁護士個人で事件の受任や顧問契約をしている場合、他の弁護士が仕事を引き継ぐ際には契約を結び直す必要が生じるなどの繁雑な事務が生じます。多分、K会員は先々を見越して法人化をいち早く進めたのだと思いますので、先を見通す力を持つことは大事なことだと思ったのでした。

 

また、ボス的弁護士が存在せずに複数弁護士が社員となって法人を設立する形態の弁護士法人もみられます。

従前であれば、このタイプの事務所は、いわゆる収入共同型や経費共同型としてのパートナーシップ(法律的に見れば民法上の組合)を組んで共同事務所を設立することが通常だったと思われます。当会においては、このような事務所は釧路と帯広にそれぞれありますが、帯広の事例は自分の事務所のことです。この点については後で詳しく論じます。

 

混合型

渉外事務所が地方に支店を展開するために、弁護士法人を設立して本体の法律事務所との共同事業にするという類型も見られますが、当会にこの形態で進出しようとする事務所は今のところないようです。

この問題に関しては「法人化せずに法律事務所の支店を出すスキーム」というブログ記事に詳しいところです。

 

地域内事務所による支店展開

道東の中標津町には裁判所がなく、隣町、といっても20キロメートルほど離れている標津町に簡易裁判所が所在しています。また、地裁は根室支部の管轄となり、こちらは約70キロメートル以上離れたところにあります。

ここには平成24年6月以降、釧路の弁護士法人が支店を開設し、社員1名が常駐しています。

中標津町には裁判所はありませんが、人口や産業の面では地域の中心的な町となっており、このような場所の法的ニーズをすくい上げようという姿勢は注目されます。

管轄区域が四国四県+長崎県程度あって極めて広汎な当会においては、支店の設置による営業規模の拡大は、地域におけるリーガルサービスの充実及び強化を図るための一つの在り方ともいえるでしょう。

 

地域外に主たる事務所を有する法人支店の進出

東京に主たる事務所を置く弁護士法人が全国展開を積極的に進めており、釧路にも支店を出しています。

私は当該法人から派遣された会員の入会時の保証人となったのですが5、当会規定の保証人は2名であったことから、規定に不足したことについて若干の議論はあったようです。もっとも、規定の推薦人がいないだけでは登録進達を拒絶することはできず、他の拒絶事由が無い限り登録は認めざるを得ないとの見解もあります6

他会では入会審査の遅延により損害を受けたとして、同法人が弁護士会を訴えるという事象も生じていると聞くのですが、当会では必要な審査の上で登録を認めるに至ったようで、平成25年1月以降、社員1名が釧路の支店にて執務しています。

 

この類型の支店展開としてはもう一つあり、札幌に主たる事務所を置いている法律事務所が平成25年3月より中標津町に支店を設置し社員1名を常駐させています(その後、1名弁護士が増員)。

先述のとおり、中標津町は裁判所がない自治体であるにも関わらず、現在3事務所(うち2事務所は支店)において、弁護士合計4名が常駐する体制となっており、珍しいケースであるようにも思われるところです。

 

自分の事務所

最後に、自分の事務所について触れておくことにします。平成19年5月に設立された当事務所は、帯広市では初の法人化事務所となりました。

しかし、当事務所においては,設立当初から支店展開も後継対策も想定しておらず、設立時の営業基盤は必ずしも十分ではなかったことから節税効果も見込んでいませんでした。専ら、家計と事務所経理を分離して管理したいという意図があって法人化を図ったように記憶しています。

なお、2名の岩田さんが合同して設立した法律事務所なのであるから、文字通りそれを反映した名称にしたらよいのではないかといった意見も聞こえてきましたが、ある名門事務所と誤認混同を招きそうですのでごく普通の事務所名となったのでした。

 

さて、法人化をした意外なメリットとしては、経営者である弁護士(社員)も社会保険に加入させられる結果、社員が出産手当金の対象となることでした。

通常の経営者弁護士は国民健康保険の加入となるため、女性が経営者となっている場合には自ら出産してもこの給付はありません。ちょうど、法人を立ち上げてからうちでは2回の出産があり、この制度により休業中の収入を確保する恩恵を受けましたから、このような活用の仕方は有り得るようです。

厚生年金の加入については一般的にはメリットといっても良いのでしょうが、将来、年金制度そのものが維持されるかどうかという問題はあるかもしれません…。この点は、法人化していない弁護士であっても、弁護士国民年金基金に加入するなどして、いわゆるひとつのハッピーリタイヤといわれるものを目指すことになるのでしょう。

一方、社会保険料が高いとか、弁護士会費が増える(法人分の会費が発生する)というデメリットは存在します。

節税のメリットがあるかどうかは、場合によります。売上の見込みを保守的に予想して役員報酬を決めると、予想外に売上が伸びた場合には法人税の負担が大きく生じますし、逆に、役員報酬を楽観的に決めると、売上が予想以上に下がった場合に法人のキャッシュが枯渇するという問題があり(もちろん社員は無限責任を負います)、微妙です。弁護士の仕事の売上予測は結構難しいように思います。

このようにして、当事務所は小規模ながら法人化を図って事業を支障なく続けるための体制を徐々に整えてきたところなのですが、「仏作って魂入れず」という言葉もありますから、あとは魂をいかに注ぎ込むか、ということが今後の課題のように感じています。

 

まとめ

以上見てきたとおり、弁護士法人制度の導入から十数年が経過して、様々な形態の弁護士法人が小規模単位会である当会にも存在するようになりました。

弁護士業界を取り巻く環境が激変している現在においては、法人制度の利用を通じてその点にいかに対応していくことができるか、ということが最大の課題であるように思います。

例えば、内部的には構成員の引退、死亡、あるいは独立や転職等による脱退ということもあるでしょうし、外部的には支店展開等による規模拡大などの対応の必要性も出て来るでしょうし、他には福利厚生の確保といった観点もあります。

そこで、法人化を図ることで何が出来るのか、あるいは出来ないのか,良く検討した上で経営上の選択肢の一つとして弁護士法人制度の活用方法を研究することが必要があると思われます。

法人化している我が事務所も永続的な発展ができるかなお未知数ですが、細く長くやっていけるように願いつつ業務を続けて行きたいと思います。

 

 


  1. 既に、東京弁護士会の会報・LIBRA2010年1月号に「弁護士法人の実像」という特集記事がある。 

  2. 黒川弘務・坂田吉郎『わかりやすい弁護士法人制度』9頁(有斐閣、2002) 

  3. 黒川・坂田前掲5頁 

  4. なお、その後の税制改正によりこの点は大きく緩和されているため、現状では800万円を超えて交際費を支出するということでもない限り相違が生じるものではないと思われる。 

  5. その事情の一端については、以前、「何をしているんですか石丸さん」という記事にて述べたとおりである。入会の保証人(紹介者)が必要な場合、同期であるとか、修習先や勤務先のボスであるとか、色々と伝手をたどって探すことが通例と思われる。 

  6. 高中正彦『弁護士法概説』第3版79頁(2006、三省堂) 

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