立憲主義の終わった日

遂に、政府は集団的自衛権の行使を容認する閣議決定を行いました。

日本国憲法の枠組みの下で集団的自衛権を行使することは憲法に抵触すると考えますが、その点を顧みることなく今回の閣議決定がなされたことは、一介の法律家として極めて遺憾なものと捉えています。2014年7月1日は、我が国が立憲主義を葬り去った忌まわしい日として記憶されることになるかもしれません。

 

ところで、平和主義に関わる憲法問題の経緯を振り返ってみると、安倍総理は、2006年の第1次政権のころは、「戦後レジームからの脱却」という意味不明な言葉を持ち出し、憲法の改正、特に憲法9条の改正を見据えていたようです。しかし、世論はまだまだ慎重であったため、憲法9条改正への企てが実現するに至らないまま自民党が参議院選挙で惨敗し、安倍総理はお腹を壊して辞任します。

そして、災難が去ったと思ったのも束の間、自民党が政権与党に返り咲き、第2次安倍政権が誕生します。憲法9条の改正を正面から問うことが難しいと悟った安倍総理は、今度は憲法96条の憲法改正規定を改正することで、憲法9条改正への道筋を付けようとします。しかし、この企ても、「裏口入学」などと揶揄された上に、国民も立憲主義の重要性に徐々に気が付いてきたことから、世論の広範な支持を得るには至りませんでした。

そこで安倍総理とそのお友達が考え出したのが、従前通用していた憲法解釈を変えることで憲法規定を骨抜きにしてしまうという手法でした。これが、集団的自衛権の行使を容認する閣議決定を行うことだった訳です。

 

しかし、閣議決定というのは、それなりに重みはあるかもしれませんが、本質的には内閣の意思決定の一形式というような意味しかないはずです。そうすると、それがなされたからといって具体的に何かできるという訳ではなく、むしろ、今回の閣議決定を受けて、自衛隊を国外に派兵して武力の行使をさせることを可能とするための法律等が次々と制定されていくことが今後重大な問題になります。

安倍総理は、正面から憲法問題に取り組んでいるのではありません。国民の反対に遭う度に、真面目に説得しようとするのでもなく、次々と姑息な手段を繰り出しています。この人は、かつて再チャレンジという政策を掲げていましたが、その経歴に鑑みれば、余りに周囲が恵まれ過ぎていたので、自力で難しい問題に正面からチャレンジをした経験がないのかもしれません。

 

そこで、このような動きに対抗するために我々が取るべき手段は、真っ正面からこの問題に取り組むことです。

今回の閣議決定は幾多の問題の始まりに過ぎず、真の平和主義を実現するための長い道程はこれから始まった、ということになるのだと思います。直接的には、憲法の意義を理解しない政治家一派を選挙で追い落とすことが必要ですが、それが直ちにできなくとも、反対の声を上げ続けたり、街頭活動に参加したりすることならできます。我々は法律家ですから、具体的な問題が出てくれば憲法訴訟を次々起こすという方法を採ることもできるでしょう。

要は、あらゆる手段を以て、無知な権力者の作り出した情勢に抵抗しなければ、もはやこの国の未来はないとの懸念を強くしています。

 

 

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