法曹養成と機会損失

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今年も司法試験の合格発表があり、合格者の平均年齢は28.2歳でした。旧司法試験時代より合格率が上がっても、合格者の平均年齢が大きく若返るには至っていません。もちろん、厳しい競争をもろともせずに突破していく猛者も少なからず存在しますが、依然として、若い人が臨んでそう簡単に受かる試験ではないようです。

 

経済的な観点から考えてみると、「早く司法試験に受からないこと」は、法曹志望者にとって機会損失を発生させる要因となります。私が大学の3回生の冬に、司法試験の準備も真面目にせずに京大法学部の地下の一角でくすぶっていると、ある合格者の先輩から、

お前、こんな所で何をやってるんだ!早く受からないと生涯収入が減るんだぞ。最初の何年かの収入じゃなくて、最後の何年かが損失になるんだ。それがどれだけ大きな損失になるのかよく考えろ。

と、一喝されたことがありました。

 

残念ながら私にはそのアドバイスの重さが分からず、それから合格までしばらく掛かりましたが、やはり頭の良い人が考えることは何歩も先を行っているものだと思ったものです。但し、巨大ローファームのパートナーになる人ならばともかく、私の引退前の稼ぎが大きくなっているかどうかは必ずしも分からないのですが…。

 

ところで、ロースクールを中核とする法曹養成制度では、司法試験の受験(合格ではない)までに確実に2?3年の時間を費やすことになります。そうすると、弁護士になる場合は先の一喝のとおりですし、裁判官や検察官になる場合は、キャリアシステムが確立していることから年齢により出世が頭打ちになる問題が生じます。裁判官や検察官の出世は、号俸や再就職に関係して生涯収入を左右する要素にもなります。

そこで、ロースクール経由のルートは、実際にそこまで考えるのかどうかは人によるのかもしれませんが、経済的な観点から負のインセンティブが強く働くのではないか、と推測しています。

一方、ロースクールを経由しないルートとして司法試験予備試験が存在しますが、1年でも2年でも早く司法試験に合格できる「可能性がある」以上(実現するどうかは人によるがそこは問題ではない)、ロースクールを無視してこちらに受験者が殺到するのは無理もないことです。

 

あまりに予備試験が盛況であるため、ロースクール関係者からは予備試験の縮小や廃止を求める主張も聞こえてきます。しかし、どの学校を出たかには関係なく、必要十分な素養を備えている人材であることが確認できるのであれば、形式的な要件に拘らずにどんどん先に行かせてやった方が、その人のためにもなるし、また、社会のためにもなりうるのではないか、と思います。

すなわち、予備試験がロースクールと併存していてもそれほどおかしいことではなく、むしろ、ロースクール卒業を司法試験の受験要件としてしまったことが間違っているように感じられてなりません。

もちろん、学問の場としてロースクールを存続させるのは有意義かと思います。しかし、あえて建前論に遡るならば、ロースクールは資格商法のための学校ではないのですから、学生が集まるかとか、経営が成り立つかといったことは、ロースクール設立の理念に比して取るに足らないことでしょう。各校が自助努力をして、時間を掛けて教育することに意味があると社会に示せるかどうかが、今後厳しく問われるようになるものと思います。