先人に学ぶ

先日、釧路弁護士会で会誌を編纂したという話題に触れましたが、この編纂の過程でかつて当会に所属した弁護士達について色々な史料を探して集めることになりました。

その間色々と判明してきたことはあったのですが、例えば、当会の弁護士は昔から必ずしも地元出身者が多くないようですし、職歴も様々で判検事の経験者の他にも外交官の経験者などもいたようです。北海道の場合は開拓と共に移ってきた人も多いということなのかもしれませんが、今に通ずるところはあります。

 

そんな中でいくつか人物伝を読んでいると次のような記述に目がとまりました。

私はね、依頼者中心主義なんですよ。依頼者の相手方がよく知人やマチの顔役なんかを連れてきて権力をカサに封じようとすることがある。腹が立ってね、もう。ますます仕事に意欲がわいてくるんですよ。だから私はできるだけ知人、友人を作るのを避けているんです。どんな団体活動もしないし、政治家にもならない。八方美人になってしまったら、もう終わりだと思うんですよ、この仕事は。1

これはある帯広の大先輩の弁護士が述べられたことですが、今とは隔世の感があるとは思いつつも、誠に正論を述べているように思えてなりません。

 

今や仕事をこなす、というよりは仕事を取ってくる、ということが強調されるような時代になりました。この地域にまで司法改革の荒波が激しく及んでいるとはいえないかもしれませんが、弁護士もマーケティングに励んで、顔を拡げて、業務を開拓するということの必要性が説かれる昨今です。地元の青年会議所であるとか、ロータリークラブとかの経営者団体に所属して活動している人もいますし、もちろん、そのような活動をなすことも弁護士の在り方の一つではあるのでしょう。

それでもなお、権力的なものに対峙してもなお依頼者のために闘志を燃やそうとする気概を強く示した上記の言葉は、依然として弁護士が志すべき基本的な姿勢を含意しているように思われるのでした。私自身がそのような姿勢を徹底できている自信はありませんが、そのような気概も失われつつある世の中に向かっていることを思えば、時代への諦念を感じる一方である種の憧憬を抱かざるを得ません。

 

そういうことでありまして、釧路のような小さな単位会といえども、その歴史を辿ってみればまた新たに学ぶことも多い、というのが今回の会誌の発刊に当たっての率直な感想です。

 

なお、もう一つだけ気になったこととしては、昭和30年代ころまでの時期には、この地域では弁護士任官が普通に行われていた可能性があるのではないか、ということがありました。これはどうやらその時期には判事が足りず、特に道東のこの辺りの地域にまで赴任を希望する人もいなかったのでしょうか、地元の弁護士が任官していたケースが複数あったようなのです。今回はこの点の詳細までは確認出来なかったのですが、弁護士任官者を増加させようといった運動が続いていることを考えれば、興味深い事情ではあるかもしれません。

 

 



  1. 林光繁編「十勝の人?私の半世紀」345頁(十勝毎日新聞社、1977)