インバウンド対応の課題・刑事手続編

dsc_3258.jpg

知床半島

日本政府観光局の推計によると、2016年は、10月末の時点で日本を訪れる外国人旅行者の数が2000万人を突破したとのことです。

昔に比べると、ビザが緩和されたり、航空路線も増えたりしていますし、更に、円安の傾向もありますから、外国人は日本を訪問しやすくなっていると思います。

 

レンタカー旅行の危険性

北海道でも外国人旅行者を見かけることは普通の光景になりました。北海道はとても良い所ですから、多くの外国人に訪れてもらうのは大変喜ばしいことです。

しかし、訪れる人が多くなるほど、色々な問題も起こります。

例えば、道東では、公共交通機関が極めて不便なので、外国人がレンタカーで移動することもあります。そうすると交通事故の発生は避けられません。

人身事故を起こすと、逮捕・勾留もあり得ます。外国人にとってみれば、異国の地で身柄を拘束される不安は相当なものです。

そして、外国人の旅行者は住所がないのが普通なので、起訴後の保釈も難しいという問題があります。保釈できないと起訴後も延々と身柄を拘束されますし、保釈ができたとしても、少なくとも判決をもらうまでは国には帰れません1

これは、外国人旅行者には大きなリスクです。

誠に残念な結論ですが、北海道では、外国人旅行者は車を運転するべきではなく、タクシーやバスの利用が推奨されます。本当は旅行は自由なのが良いのですが、敢えて、そういわざるを得ない困難さがあります2

 

弁護対応の問題

なお、私がいうのも心苦しいことではありますが、当地で外国人の関係する刑事事件が発生した場合、外国人への弁護対応について十分に体制が整っているとはいえません。

特に、当地では、外国語を理解する弁護士や通訳の人員も限られる、という問題があります。

大都市であれば、外国語対応できる弁護士もいたり、通訳もいる、ということはあるでしょうが(外国語にもよるかもしれない)、このあたりでは、外国語が要求される業務が集まりにくいので、そのような人材が増えていくことは簡単には期待できません。

 

まとめ

外国人旅行者を積極的に誘致することは、実に結構なことではあります。

ただ、それを受け入れる社会の仕組みは、今ひとつ追い付いていないように感じられます。それは、例えば、交通事故のような予期せざる事象が生じたときに、より強く感じざるを得ないといった昨今です。

 

 


  1. 近時、外国人旅行者の交通事故の事案について、保釈の許可を得られたということはあった(なお、全く経験のないケースであったため、こちらの情報を参考にさせていただいた。)。ただ、これは当地の同胞による支援があったからこそ何とかなったというもので、特殊なケースであろう。一般的には、外国人旅行者の保釈は様々なハードルがあるように感じられた次第である。 

  2. 交通事故のリスクは内地の日本人だって同じではないかという指摘もあるだろうが、捕まったときに言葉が通じるか通じないかは極めて大きな差があるし、起訴後の保釈が認められる可能性もかなり違うと思われる。 

青本と赤い本

交通事故の損害賠償に関しては、具体的にどのような損害に対していくら賠償するかということが法律にそのまま書かれているわけではありませんから、個別的な検討が必要です。

特に、人身に関わる事案であれば、慰謝料といった目に見えない損害費目もあって、余計にその算定は難しいことになります。

そこで、損害賠償額の算定に際して、実務的に良く用いられるのが「青本」と「赤い本」です1

さて、少し前になりますが、当職は公益財団法人日弁連交通事故相談センターが主催する本部研修会に出席したところ、これらの本の使い方についての講義がありましたので、備忘録的にまとめておくことにしたいと思います2

 

青本と赤い本の相違点

まず、編集者が異なります。

青本の編集者は公益財団法人日弁連交通事故相談センターの研究研修委員会です。

一方、赤い本の編集者は、公益財団法人日弁連交通事故相談センター東京支部算定基準部会です。

どちらも公益財団法人日弁連交通事故相談センターなんだから同じ組織じゃないか、という気もしますが、青本は日弁連交通事故相談センターの本部による編集であることから、全国的な基準として弁護士が用いることを念頭に編集されているものです。

一方、赤い本は東京支部による編集であることから、東京のローカルルールということではあります(もちろん東京だけに影響が大きいですが)。赤い本は東京地方裁判所民事第27部(交通部)の考え方に沿った記述をしている点が特徴的です。

また、青本の発行頻度は2年に1度ですが、赤い本は毎年発行されます。

 

それぞれの活用法

このような違いから、各書籍の内容についても相違が生じます。

青本については、例えば、慰謝料の算定について幅のある基準の取り方になっていたり、掲載している裁判例はスタンダードなものが多いという特徴があります。これは、全国版の基準を示すという本の性質によるところです。

一方、赤い本は、青本に比べて裁判例の掲載が多いです。掲載数が多いので、目次を活用しながら参照する必要があります。但し、赤い本は、比較的被害者に有利な判例が掲載される傾向があるようなので注意を要するところです。赤い本は毎年改訂されますが、改訂の都度100個近い裁判例を入れ替えているとのことです。

以上の特徴からすると、全国版でスタンダードな内容の青本は、テキストとしての役割を重視して通読するのに向いており、赤い本は裁判例が豊富なので有利な裁判例を探すために使う、といった使い方が有益です。

また、赤い本は基準編だけではなく、別冊として出版される過去の講演録が非常に有益な内容となっていますから、こちらも要チェックです。

 

実際のところ

当職は、これまでの経験などの関係で、基本的には青本により損害賠償額を算定することが通例です。

ところが、東京(二弁)にいたことがある当事務所のパートナーは赤い本により損害賠償額を算定することが通例ですので、同じ事案を検討する場合でも、例えば慰謝料の算定の仕方などで議論になることはあります。ただ、このような考え方の相違が生じるのも、青本と赤い本の特徴に照らして考えると割と自然なことではあります。

 

まとめ

当然のことですが、交通事故の損害賠償額は事案によって異なるものです。

そうすると、青本や赤い本を使うにしても、まずは、事故態様や被害の状況といった、個別具体的な事故の特徴をよく把握して事案を検討することが肝要であるかと思います。

例えば、青本や赤い本の基準があると「青本基準の中間値で」とか、「他覚症状のないむち打ちは赤い本の別表?で」といった判断をしてしまいがちです。もちろん、これらの基準は多くの場合に妥当することを目標に練られたものとは思いますが、余りに個別具体的な事情を捨象しすぎると、果たして適切な賠償額を算定できるのかという問題が生じることはあります。

そうした点を念頭に置いて、今後も引き続き損害賠償の実務に携わる必要があるように思っています。

 

 


  1. もっとも、交通事故損害賠償額の算定に関する本はこれだけではなく、『大阪地裁における交通損害賠償の算定基準』などもあるし、また、過失割合の問題に関しては別冊判例タイムズ第38号『民事交通訴訟における過失相殺率の認定基準』が用いられることが多い。 

  2. 試しに「青本」「赤い本」などで検索してみると、交通事故に関係する記事のあるウェブサイトやブログなどが多数ヒットするので、この分野における鉄板ネタのようではある。そうすると自ずから書き方に力量が現れるのであろうが、中には極めて的確な紹介をしている記事も存在する(例えばこちら)。当職も力量の涵養に努めたいものである。 

債務不存在確認訴訟に強い弁護士

○○に強い弁護士!といえる程度に何か強い分野はないか考えてみたのですが、未だ勉強することが尽きないように感じる身としては、なかなか自信を持って強さをアピールとはいきません。

酒に強い!(比較的)とかなら思い浮かびますが、職務と関係なさそうです。

さて、訴訟となれば、勝った負けたは事件の筋もありますし、代理人の努力の次第もあるとは思いますが、強い!とはいえないものの、たまに活用している訴訟分野があることに気が付きましたので少しまとめてみます。

 

貸金業者と債務不存在確認訴訟-消滅時効

多分バルクで買い叩いて来るんだと思いますが、時効に掛かった債権を集めて、とりあえず債務者に請求してみるということを行っている貸金業者があります。もちろん、そのような事案の相談があれば、とりあえず時効援用通知を出しておきなさいと指南し、簡単なひな形をお渡しして出してもらっています。

たいていはそれでおしまいです。

問題は、相談者が突然請求が来たことにびびって少しでもお金を払ってしまった、というような場合です。これは手紙で請求されるだけでなく、取り立てに人をよこすという場合もあるようで、全くひどい話です。

こうなると、消滅時効の援用は信義則上許されないという判例がありますので(最高裁昭和41年4月20日判決)、貸金業者は請求をやめません。

誠にけしからんことです。一般人にそんな判例の知識なんかないことが普通ですよね。

 

そこで、なお消滅時効は援用できないものかと考えてみるわけですが、上記判例の根拠は信義則(民法1条2項)ですから、個別の判断はあり得るんじゃないか、と思い至ります。

そのような事案で具体的な事情を探ってみると、たいてい時効であることを知らないというばかりではなく、突然取り立てがやってきたのでびっくりして払っただとかという事情は普通に出てきます。

こうして、場合によっては、債務不存在確認訴訟を起こしてみることに行き着きます。

ただ、債務不存在確認訴訟の管轄は普通に考えると被告の住所地ですから(民事訴訟法4条1項)、取り立ててくる貸金業者が札幌とかにいる場合には面倒です。

たまに札幌に遊びに来た内地の友人から「北海道に住んでるんなら来い!」とお誘いを頂くこともあったりしますが、帯広からは片道3時間は要するのでわざわざ札幌まで行ってられません。

 

更に考えてみると、消滅時効を援用すると時効完成後に弁済したお金は理屈の上では不当利得になりますから、これを返せという訴訟なら、いつもやっているとおり、持参債務の原則(民法484条)で義務履行地(民事訴訟法5条1号)である自分の住所地で起こせます。

以上二つの請求は訴えの客観的併合の要件に反していませんから、併せて自分の住所地で訴訟を提起してしまえばよい、ということになります(民事訴訟法7条)。

 

さて、訴訟を起こしてうまくいくかということに関しては、これは事案によるかとは思います(本気で反訴されることはあり得る。)。

しかし、貸金業者にしてみれば、そんな訴訟に勝っても得をしませんから、真面目に応訴するモチベーションは乏しくなるはずです。

そこを狙いつつ、更に、このような貸金業者はサービサー法3条(債権管理回収業は許可制)に違反しているとか、弁護士法73条(譲り受けた権利の実行を業とすることの禁止)に違反しているとか主張していると、ゼロ和解くらいはできる場合もあります。これで一件落着という場合もあるでしょう。

 

貸金業者と債務不存在確認訴訟-残債務額の食い違い

貸金業者が取引履歴を全部開示しないにもかかわらず残債務があると主張してくる場合や、引き直し計算をしてみたものの残債務額の認識が食い違っているという場合があります。

取引の履歴がわからないのに債務が残っているとは支離滅裂に思うのですが、このような場合も、債務不存在確認訴訟によることがあります。

推定計算すると過払いが生じることを併せて主張してみたり、あるいは自宅に担保を付けていればその登記の抹消請求の訴えをくっつけるなどして(民事訴訟法5条13号)、自分の住所地で裁判を起こせます。

これもやはり貸金業者側は真面目に応訴するメリットに乏しい訴訟ですので、程々に解決を図ることができることはあります。

 

そういうことで、債務不存在確認訴訟に強い!とまでは言い切れないのは、ガチンコで争って判決を得るところまで行かないからですが、そう多く使える手段ではないとはいえ、債務不存在確認訴訟については活用できる局面もあるように思っています。

 

交通事故と債務不存在確認訴訟

なお、債務不存在確認訴訟が使われる他の類型について、少し触れておきます。それは交通事故の損害賠償請求の事案です。被害者側の要求が過大であること等を理由として、加害者側から訴えてくることがあります。

このようなケースでは通常は加害者側に損害保険会社等がついており、訴えにより賠償の処理を早めることが主眼にあるようです。

一部の共済などにおいては、話しにならないと見るや唖然とする早さで債務不存在確認訴訟を起こしてくることがあったりするので、弁護士である当職ですら驚くことがあります。

この場合、濫訴的なものでない限りは、被害者側は訴訟手続の中で損害額を定めるための主張をしつつ和解するとか、あるいは反訴を提起するということにはなるでしょう。

ただ、この類型で注意しなければならない点は、被害者いじめだ、という反感が生じることにあると思います。

このような訴訟を起こされた被害者側は、被害を受けたのに訴えを起こされるなんてひどい話だ、という思いを持つことになり、余計に事案がこじれかねません。

私も損害保険会社の仕事をしていたことがありますが、先輩方からは、交通事故で債務不存在確認訴訟はできるだけ起こすな、といわれたことがありました。加害者側としては、被害者側を十分に説得した上で賠償を行うことが本来の筋ではありますから、余程のことがない限りいきなりそのような手段に出るべきではないのでしょう(もちろん「余程のこと」が生じるケースもありますが。)。

 

そういうことで、またしても債務不存在確認訴訟に強い!とまでは言い切れないのは、この種の訴訟にいきなり踏み込むことには躊躇するからなのですが、もし加害者側の立場で損害額を確定する必要がある場合、一般的には、まずは話し合いをベースにした民事調停の手続によるべきであろう、というようには考えるところです。

 

 

弁護士保険の経済学

image141平成26年10月25日の読売新聞で、「交通事故訴訟、10年で5倍に…弁護士保険利用」という記事があり、弁護士保険の利用についての問題点が取り上げられていました。

確かに、弁護士保険を利用した交通事故案件は増えてきている実感はあります。

一方で、これまで扱ってきた経験上は、何かが引っかかるような感じがしていました。そこで、弁護士保険の効用を経済的な観点から検討してみることにしたいと思います。

 

例えば…

AとBとの間で衝突事故が発生し、Aの車両とBの車両には、それぞれ10万円の損害が生じた。Aの加入していたC損保会社と、Bの加入していたD損保会社が協議し、過失割合50:50であれば協定できそうであった。

しかし、Aは過失割合に納得せず、弁護士費用特約を利用してE弁護士へ事件処理を依頼した。

E弁護士はBに対する訴訟を提起し、Bも、D損保会社を通じてF弁護士を選任した。訴訟では尋問期日を経て判決となったが、結論は同じであった。

判決後、Aは、E弁護士へ御礼として菓子折を持参した。

上記事案において、弁護士が介入したことで各当事者はどのような影響を受けるか、ということを考えてみます。

なお、AとBはいずれも車両保険未加入であり、E弁護士及びF弁護士のいずれも、タイムチャージ換算した場合の売上は3万円/時、事件処理に要した時間は20時間とする前提とします。

 

検討

  1. Aについて
    菓子折相当額の損失が発生する。
  2. Bについて
    訴訟に巻き込まれた結果、F弁護士からの事情聴取、尋問の打ち合わせ、及び尋問期日の出頭などの負担が生じる。その日当相当額を1回1万円としても、その損失は3万円を下らない。
  3. C損保会社について
    訴訟提起に係る弁護士費用と実費相当額の損失が生じる。弁護士費用で10万円、実費で2万円程度が生じるから、その損失は12万円を下らない。
  4. D損保会社について
    Bの応訴のための弁護士費用相当額の損失が生じ、その金額は20万円を下らない。
  5. E弁護士について
    弁護士保険の基準だと10万円の着手金の売上を得る。しかし、事件処理に20時間費やした場合に期待される売上は60万円となるが、10万円しか稼げないので50万円の機会損失が発生する(なお、菓子折は有り難く頂いて消滅。)。
  6. F弁護士について
    20万円の売上を得る。但し、E弁護士と同様の問題があり、40万円の機会損失が発生する。

 

ロイヤージョーク的結論

以上のとおり、この設例では誰も得していないということになります。

弁護士が入ってもAの権利の実現には変化がなかった一方、弁護士が入ったことによるB・C・D・E・Fによる損失の合計は125万円です。何も変わらない結果に対する社会的費用が125万円!

あまり使わない言い回しですが敢えていえば「それは正義といえるのか?」と、大きく振りかぶって問うてみても良い話かと思います。

功利主義的な発想は妥当しないのかもしれませんが、さすがにちょっとどうなのか、という気がしてきます。

なお、上記の設例で、実現する経済的利益が少し増える結果になったとしても、その何十倍もの社会的費用を要するという構造は変わりませんし、弁護士保険でもタイムチャージによる請求は可能とはいえ2万円/時が上限ですから、これらの検討結果はそれほど現実離れしている訳ではありません。

 

弁護士保険の負の外部性

特に、物損事故は純粋に経済的な問題であることに鑑みれば、経済的な合理性を全く無視した処理がなされることはいかがなものでしょうか。無用な紛争が頻発することは社会的費用を増加させます。

これは、いわば弁護士保険の負の外部性(外部不経済)ともいうべき問題です。

負の外部性といえば、代表的なものは公害問題です。

弁護士保険は、いわゆるもらい事故の場合で人身傷害に対する賠償を求める局面などでは、自らの権利を保護するために大変役に立つものであり、大きな意義があります。しかし、現実的には、免責金額を設けるとか、物損事故は対象外にするなどの手当が必要になるような気がします。

 

 

自転車事故への備え

image142兵庫県が自転車保険を掛けることを義務づける条例を制定しようという報道があったのですが、自転車事故の処理は非常に悩ましい問題です。

そこで、かつては自転車を乗ったり担いだりして学生時代を過ごしていたサイクリング部OBの私としては、この問題、ひとこと申し上げない訳にはいきません。

 

 

自転車事故の最大の問題点

自転車事故の最大の問題点は、自転車に乗っている人の賠償能力にあります。

自動車と違い強制保険の制度はありません。

但し、一般的には自転車は自動車よりも速度が小さいので、間違って歩行者にぶつかっても、必ずしも大怪我になるとは限りません。

もっとも、最近は自転車の性能が向上して、結構な速度が出ます。また、歩行者の側の事情としても、例えば高齢者が増えれば、受け身を取りにくいとか、怪我が直りづらいなどの影響で、損害が拡大する傾向があるのかもしれません。

 

なぜ義務化の議論になるのか

損害額が大きくなると、加害者側が全部の賠償を負担できないという問題がシビアに現れます。

比較的重くない怪我でも、慰謝料等を含めた損害額が数百万単位になることは普通にありますし、また、確率は低いのですが、被害者の打ち所が悪く死亡や重度後遺障害の結果が生じた場合には、損害額は数千万あるいは億単位となる可能性はあります。

このようなリスクを保険でカバーしていない場合、加害者が全財産を処分しても賠償責任を果たせず、場合によっては破産せざるを得ないことすらあり得ます(重過失だとそれでも免責されません。)。

一方で、被害者側も満足に賠償を受けられないという重大な問題が発生します。

そこで、保険を掛けろという議論になるわけです。

義務化はともかく、確率は低いながらも個人で負担できないレベルの損害が発生することはあるので、この種の損害に備えた保険(個人賠償責任保険)の必要性は認めざるを得ません。

また、自分で自転車に乗る場合はもちろん、子供が自転車に乗る場合も親権者が賠償義務を負う場合があるということも見落とせません。このような場合はなおさら保険によるリスクのカバーが不可欠です。

 

自転車保険?

一般に、自転車保険と名乗る保険は、傷害保険に個人賠償責任保険をセットしたものが多いようで、賠償責任だけ考えれば保険料が高めという難点があります。

ここは普及を図る上での課題でしょう。

むしろ、既に自動車保険や火災保険に入っている場合には、個人賠償責任保険を附帯できることが多いので、それを先に検討すべきです。月100円程度で附帯できることが多いです。また、クレジットカードに附帯されている場合もあります。

いずれにしても、自転車が家にあるならこのような保険を掛けるべきですが、個人賠償責任保険に関しては、限度額の設定があったり(1億円であることが多い)、示談代行が付いてないことがあるとか、なお問題があるにはあります。

 

自転車事故賠償の実情

かつて、自転車事故の損害賠償を請求した事案を扱ったことがありました。

この種の事案は、被害者側でも加害者側でも何か使える保険がないか検討すべきで、自転車事故なのに何故か「火災保険入ってませんか?」といった質問をすることになります。

しかし、使える保険がなければ加害者に直接請求する他はなく、賠償金の回収には苦労することになります。民事調停を経て、分割で賠償金を回収し、何年か掛けて全部の支払いを受けたのでした。

これは印象に残る事件でした。損害保険があればもっと容易に解決できたのになあ、と今も思います。

 

まとめ

このとおり、自転車事故は、確率が低いながらも個人では負担できない大損害が発生することがあるので、その意味では個人賠償責任保険などでリスクをカバーしておくことは意義があります。

もちろん、最も大事なことは自転車だからと甘く見ないで日頃から安全運転に心掛けることに尽きます。

基本的には車道を走る、信号を無視しない、酒を飲んだら運転をしない(酒酔い運転は罰則もある!)、そしてできればヘルメットも被る、などの諸点にも気を遣うべきことかと思います。

 

 

損保と弁護士

最近、損保の弁護士の主張があまりに酷い、などとある弁護士が怒り倒しているのをたまたま目にしたことがあるのですが、交通事故に関していえば、当職は被害者側だけではなく、損害保険会社からの委嘱を受けて加害者側の事件の処理に当たることもありました。

そのような経験もイソ弁時代を通算すると10年を超え一応区切りも付いたということもあるので、諸先輩方に教えを受けたことも踏まえ、損害保険会社と弁護士の関係について思うところを述べたいと思います。

 

損保弁?

まず、損保の弁護士だとか損保弁などという呼び方は、必ずしも正確ではありません。

本来的には加害者の代理人です(但し、代位求償や免責を主張するケースでは損保会社の代理人となることはあります。)。

もっとも、交通事故の加害者は、賠償限度額無制限の任意保険に入っていれば自分の懐が痛むわけではないので、賠償に関心を持たないのが普通です。一方、保険金を払う損保会社には重大な関心事になります。従って、加害者の代理人という建前ながら、事実上は損保会社の意向を尊重することにはなります。

 

加害者側の仕事の意義

さて、普段は同業者からも敵視されがちな加害者の代理人の仕事の意義はどこにあるのでしょうか。

交通事故は悲惨なことが多いです。それ故に、被害者あるいはその遺族が、加害者に厳しく対応することになるのは止むを得ません。しかし、損害賠償という観点からいえば、被害者側が法的あるいは事実的に苛烈な主張をしてくることも少なくはありません。

そこで、加害者の代理人の仕事の意義は、苛烈になりがちな被害者の主張から加害者を保護することにあります。

 

次に、保険契約者に対する法的紛争が生じた場合、損保会社は社外の弁護士に事件を委嘱するのが普通であり、社内弁護士を雇って処理させている訳ではありません。これもどうしてなのでしょうか。

もちろん、弁護士法の規制との絡みもあると思いますが、社内の人間であれば社内の意向に強く支配されざるを得ないところ、損保会社が損害賠償額を査定して保険金を支払うという行為は、何が何でも値切る(あるいは払い過ぎる)という訳にはいかず、客観的に妥当な内容で行わなければ社会的な問題が生じます。

従って、社外の弁護士が使われることには、損保会社の事案処理の客観性を担保し、適正な処理を行うように期するという積極的な意義もあります。

 

加害者側の代理人の課題

そうすると、適正な処理を行うという観点から加害者側の代理人に要求されることとしては、フェアネスを維持した活動ということになります。度を超えた手段や主張により、被害者側から蔑まれるようなことがあればもってのほかでしょう。

もっとも、適正な処理を行うという観点からは、主張すべきことはしっかり言わねば仕事が務まりません。

自動車は工学的な製造物です。事故は物理的な事象です。賠償額の計算は金利の考え方も含めて経済の問題です。傷害結果の判断は医学的な問題です。

すなわち、交通事故の事案の処理は、単に不法行為法を知っているだけでは足りず、自然科学や社会科学の見識に基づいた高度な主張立証をしなければならないこともあり、実際高いレベルで争う代理人は普通にそういう主張を裁判でやっています。このような高度な議論に耐えうる知性もまた強く要求されるところかと思います。

これは、当職においてもなお大きな課題です。

 

被害者側の代理人の課題

一方、大多数の弁護士は被害者側の代理人として振る舞うことが多いと思いますが、被害者側に立つ弁護士に申し上げておきたいこともあります。

まず、フェアネスを維持した活動が要求されることは当然被害者側の代理人にも妥当します。

私は当たった経験はありませんが、交通事故に強いとうたう弁護士の中には、慰謝料や遅延損害金を増殖すべく事案を無闇に引き延ばすなどの態度に出る者もいるというようなことも聞いたことがあります。

もう一つが、訴訟提起は慎重にということでしょうか。

特に、人身事故の案件では、訴訟を起こした方が賠償額を多く勝ち取れることが多いのは事実です。しかし、慎重に検討しないで訴訟を起こすと、加害者側も考え得る主張はきっちり行いますので、結果的に訴外の交渉時よりも不利な帰結になることも稀にあります。実際に、裁判所が示した和解案が、訴外の交渉時に損保会社から提案した金額を下回っていたというケースを見たことがありますが、このようなことになると全く目も当てられません。

 

損保会社の課題

そして、損保会社にも一言。

損害保険に加入する人はまず保険料は気にしますが、どこの損保会社と契約するかは気にしないことが多いかもしれません。しかし、実は損保会社によって事件処理のスキルは大きく異なるのが実情です。

損保会社の被害者対応が悪くて事案をこじらせれば、結果的に迷惑するのは保険契約者です。

また、弁護士の目から見て、あり得ない主張をしたり、担当者のスキルの低さが目に余る会社もあり、この会社から委嘱は受けたくないというところも中には存在します。

損保会社の立場からは損害率を低下させることは重要な経営指標ですが、単にゴネれば良いということではなく、長期的には事案のスムーズな解決を図ることが損害率の低下と損害保険制度への社会的信頼の維持につながることを意識して頂きたいものです。

 

まとめ

以上つらつらと述べて参りましたが、冒頭に触れたような事象が出てくるようなご時世であるということを考えると、損害保険と弁護士にまつわる自分のような考え方は、今は通用しなくなってきているのかもしれず、少し残念に思います。

損害保険は社会的なリスクを公平に分担するための重要なシステムの一つですから、その適正な運営と発展を望みたいところです。

そして、いわゆる「損保の弁護士」が荒唐無稽な主張を展開することにより、損害保険会社の社会的な信頼に泥を塗るような事態を招いたりすることのないよう、心から願いたいと思います。

 

 

自研センター研修報告

去る平成25年12月12日から13日にかけて、千葉県市川市にある自研センターにて交通事故に関する研修を受けましたので、その報告をいたします。

自研センターは、主に損害保険会社の従業員などが研修を行うための組織ですが、この度は権利保護保険(いわゆる弁護士費用特約として、自動車保険などに付帯していることが多いです)を利用して交通事故を扱う弁護士向けの研修が企画されましたので、これに参加してきたという次第です。

 

自動車の構造

まずは自動車の構造から勉強していきます。最近の車両は、衝突時の衝撃の吸収や分散をするために、構造上も様々な工夫がされています。

image168

衝突実験

時速25キロメートルでカローラを壁面に衝突させる実験を行います。この程度のスピードでも、大きな衝突音がして車体も相当へこみます。エアバッグも瞬間的に作動しています。

image169

補修作業

メーカーの作業マニュアルに従って、衝突実験でつぶしたカローラを元に戻します。写真はフレーム修正機を使用して、つぶれた部分にチェーンを掛けて油圧で引っ張って元に戻しているところです。鉄は意外に柔らかく、引っ張ると元に戻っていきます。

image170

破壊実験

フロントガラスを金属バットでたたき割る実験です。フロントガラスは割と簡単に割れてしまいます。但し、ひびが入るだけで簡単には飛び散らないようになっています。なお、サイドガラスは金属バットでたたいても簡単には割れません。

image171

塗装作業

実際の塗装作業も見学します。左フェンダーの先っぽの部分が削ってあり、ここを周囲と同じ色になるように塗料を調整して塗っていきます。

image172

部品の展示

参考のために多数の部品が展示されていましたが、やはり、外国車の部品の単価はそれなりに高いようです。

image173

 

 

交通事故に関する事件は、当事務所においてもしばしば取り扱う類型の紛争です。このような研修の機会を通じて、交通事故事案の法的な問題のみならずメカニカルな問題についても十分に精通し、適正な処理が出来るよう心掛けたいと思っています。