犬も食わない分限裁判

東京高裁の岡口基一判事が分限裁判による懲戒の申立をされたということで、ご本人自らその記録を公開しておられる。以下のリンク先にあるとおりである。

分限裁判の記録 岡口基一
https://okaguchik.hatenablog.com/

 

裁判官と表現の自由

岡口判事の投稿するツイートに関しては当たり外れがあり、例えば、当職もブリーフでパンイチになっている姿を見たいと思うわけではない。また、現職の判事が、他の裁判内容や政治的な事件について、どこまで投稿できるだろうかと思ったことも、ないわけではない。

だが、判事の職にあるからといって、何も言えないということにはならない。

それに、実名で裁判官であることを明らかにした上で日頃から表現活動を公開している人は稀であるから、岡口判事の活動には敬意を払っていた。裁判官にもそのような人がもっと多く出るべきであると思うし、静まり返っている状況は不自然に思えてならない。

もっとも、組織の人間は余計なことなど言わずにひたすら黙ってろ、というのが社会の多数派ではあるのかもしれない。

本来は自由であるにもかかわらず、ひとたび何かを言おうとすれば、実にこの世は生き辛いのである。

 

統制的な司法の在り方

今回、懲戒申立の理由とされたのは、犬の返還請求事件に関する岡口判事のツイートである。

このような事件だったようだ。
https://sippo.asahi.com/article/11544627

犬の取り合いとなった訴訟を紹介する岡口判事のツイートの内容が、元の飼い主の感情を傷付けたというようなことが懲戒の理由としては主張されている。しかし、岡口判事のツイートに書いてあったこと自体は、当事者の主張の要約と取れる内容に過ぎない。

むしろ、当該訴訟の報道から読み取れる限りでは、元の飼い主が勝訴したからといって非がないなんてことはない事案である(なお、岡口判事はそこまで言及していない)。

だが、たまたま訴訟当事者からクレームが付いたことを口実に、岡口判事を処分してやれという空気があるのだろう。裁判所内部では、あいつのツイートのせいでクレームを言って来る奴が次々出てきて超迷惑だから何とか黙らせろ!と思っている人が多いのだと思う。しかし、懲戒の申立まで至るのでは、さすがに萎縮効果が著しい。そのようなゴタゴタをしっかり見ている人たちからは、裁判所は信頼されなくなると思う。

我が国では、裁判所の権力基盤がなお脆弱だという現状認識に基づいて、他からの干渉を避けるべく強度に統制的な司法行政を行うことも正当化されると考えられているのかもしれない。しかし、それでは陰湿で窮屈な職場だということで、長期的には優良な人材に避けられるという問題が出るように思う。また、統制の方向性次第では政治部門との違いがなくなり、裁判所固有の役割を失うことにもなる。

そんなことで司法の機能が損なわれては司法の不幸であるし、結局は、国民の不幸でもある。

 

まとめ

以上、市民としての自由を十分に保持したいと思う人は裁判官にならない方がいいよ、というのがこの騒動の率直な感想である。自由を擁護すべき人には自由はない、という現代日本の不思議がそこには存在する。

岡口判事が再び元気にツイートされる姿(但しブリーフ姿を除く)を見られる日が来ることを願っている。

 

 

私と憲法

今日は憲法記念日であるから、日本国憲法下の治世における自分の歩みを振り返ってみることにした。

 

17歳のころ

樋口陽一先生の『自由と国家』を読んで、立憲主義は歴史上重要な役割を果たしてきたことを知った。

学校では多数決で物事を決める。だから、多数決で物事を決めるのは、当たり前のようにも思わされていた。しかし、なぜ多数決で決めるのが良いのか、教えてもらった記憶はない。

むしろ、この本からは、多数決でも決めてはならないことがある、ということを学んだように思う。

歴史が好きだったから良く勉強していたが、高い支持を集めた権力はむしろろくでもない政治的成果を残していることがしばしばあることに気がついた。立憲主義の思想は重要な価値を持っているのだ、と思った。

 

18歳のころ

首尾良く、京大の法学部に進学した。

初めて法学部の授業に出たのは、佐藤幸治先生の法学入門だった。難解だったが、授業をなぞるようにしてノートを取って試験を受けたら優がついた。後で教科書を読んだら、同じことが書いてある。大学の授業というのは、そのようなものなのかと誤解した。それ以降、法学部の授業にはほぼ出なくなってしまった。

但し、佐藤幸治先生の本を折に触れては読んで、理詰めで考える大切さを学んだ。

 

23歳のころ

真面目に勉強しないといけないと思い、芦部信喜先生の『憲法』を良く読んだところ理解が進むようになり、司法試験に合格した。

 

25歳のころ

弁護士登録していわゆるイソ弁になった。若いころは、弁護士は色々なお客さんの仕事を受けなければならないから、政治や宗教に関わるような問題はできるだけ個人的に発言しないように、との心境で過ごしていた。

 

28歳のころ

祖父が死んだ。当時行った香港の写真を祖父に示したところ、俺がいたころと変わってないとの言葉をはっきり残していた。晩年の祖父は朦朧としていたが、戦争の記憶は明確だった。強い印象が残っていたのだと思った。

 

31歳のころ

祖母が死んだ。祖母は戦争で前夫を亡くし、疎開先でも子供を亡くし、戦争には随分翻弄されたことを、死んでから知った。戦争が起こることはそれ自体が個人の尊厳に対する最大の脅威だからこそ、してはならないと憲法はうたっているのだ、ということを理解した。

 

32歳のころ

『アリストテレスの政治思想』という本が岳父から送られて来た。二千数百年前のギリシアの思想には、既に、幸福、平等といった、今なお通用している基本的な価値の萌芽が現れていたことを知った。

日本国憲法も13条で幸福追求権を、14条で法の下の平等を定める。同じ言葉が使われているのは何故だろう。飛躍するが、日本国憲法のうたう様々な価値は、これまで人類が世界的に積み重ねてきた英知の結晶ではないか、と思った。

 

33歳のころ

日弁連の憲法問題対策本部の委員を任された。憲法改正手続法の問題とかはあったが、改正の動きが現実化しているような雰囲気でもなかった。

日弁連の憲法委員会には、伊藤真先生がいた。私が京都にいたころは、受験生は猫も杓子も伊藤塾に行く雰囲気だった。ただ、滞留している人々も見かけたので、「やればできる。必ずできる。」という伊藤先生は、商売上手に過ぎるなあ、と思っていた。

しかし、ロースクールができた影響などもあったのか、活発に活動されるようになり正直驚いた。帯広や釧路にも来て頂いたこともあった。

 

35歳のころ

時の政権が憲法改正をしたい、しかも96条から改正をしたいということを言い出した。憲法改正について議論するのはともかく、憲法改正規定である96条から改正するということを言い出したのは、余りに立憲主義確立の歴史を無視している。強い抵抗感を覚えた。

そうしていると、憲法改正ができないなら解釈変更だなんて話が出てきて、何か雲行きがあやしいことになってきた。

 

37歳のころ

佐藤幸治先生が『立憲主義について』という本を出した。この人は、司法制度改革を失敗させておいて今更何をいっているのか、と憤慨しながら読んだ。しかし、日本国憲法は立憲主義の展開の現代の到達点だ、との指摘はそのとおりだと思った。

そうこうしていると、色々な反対運動もむなしく、安保法が成立した。国会の前で反対運動をしている人たちも見た。目の前をおかき屋の派手なトレーラーが走り去っていった。ただ、無力さを感じるだけであった。

混乱する国会の前

 

不惑を前に

このところ、毎日のようにもの凄い言説が聞こえてきて、耳を疑うことも少なくない。

生活保護受給者は努力が足りないらしい。労基法の規制はおかしいらしい。学校で道徳を教えなきゃならないらしい。日本には少数民族なんていないらしい。

強い人が、そういうことを平然と言い放っている。ここはどんなディストピアなんだ…フェイスブックを開く度、幻滅している。

民主制は為政者が交代することに価値がある。いつになったら、自由で平等な社会に向かって逆転するのだろう。むしろ、逆転を困難にする方策が次々と繰り出されている。そのうち、おまえのような変なことをいう奴は一般市民ではない、という理由で弾圧されるだろう。出口の見えないトンネルを前に、暗澹たる気持ちで過ごしている。

四十にして惑わず、というが、不惑を前に戸惑ってばかりである。

昔の人の考えが必ず正しいというわけでは無いかもしれない。しかし、それがなぜ今日まで通用してきたのか考えることは、なお、意義のあることだろう。私もまだ途上である。憲法記念日に限ったことではなく、日々、そのようなことを思っている。

 

 

2017-05-03 | カテゴリー : コラム, 憲法 | 投稿者 : Yoshitada Iwata

シンポジウム 憲法公布70周年のいま、考える「平和主義とは何か」

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平成28年6月3日、札幌弁護士会主催、道弁連・日弁連共催による、平和主義について考えるシンポジウムが札幌で開催されました。

関西大学の松元雅和准教授をお招きして、「平和主義とは何か?政治哲学で考える戦争と平和?」という題で講演をしていただいています。

 

講演の内容

非常に示唆に富むものでありました。以下、私が聞き取って理解した限りですので、誤りがあればすいませんが一端をご紹介します。

戦後日本の平和主義の特色としては、非宗教・非エリート・労働運動との協調、といった三つの潮流からなるという点にあり、草の根平和としての国民運動的な支持を受けてきたとの分析をされていました。

また、平和主義は、本来的には非暴力・非軍事力という手段によって定義されるものですが、昨今使われる積極的平和主義という言葉は、安全保障体制の強化や脅威の除去といった目標によって定義されるもので、その手段はあくまで軍事的・武力的なものではないか、との指摘がありました。

そして、平和主義を唱えることは現実的ではないのではないか、と問われることもある訳ですが、「平和主義は魂に関わる事柄。平和を守ることは容易ならざることだけれども、やらざるを得ない。」という奥平康弘先生の言葉を引いて、それには理想を示す役割はある、という指摘をされていました。

最後に、平和主義は所与のものではなく、絶えずその意義を問い続ける必要がある、といったこともおっしゃっていました。そのとおりかと思います。時の政治情勢次第で間欠的な憲法論争をする以前に、平和主義とは何かということの連続的な議論が必要ということではないか、と私は理解しました。

松元先生の考え方については、『平和主義とは何か』(中央公論新社、2013)という著作がありますので、興味を持たれた方は参照していただくと良いと思います。

 

感想

今回のシンポジウム、テーマは平和主義ということでしたから、通例ならば憲法学者を招くことも考えられたのかもしれません。

ただ、今回は、政治哲学の研究者にお越し頂いたということで、いつもと違う雰囲気に感じました。弁護士会主催のイベントも、こういう切り口でやるのは実に面白いという感想です。実定法の研究者だけではなく、たとえば法哲学者や政治学者などの他分野の研究者も招いて、多角的な視点で議論してみるのも良いことかもしれません。

ただ、若い先生方の姿がやや少ないような…まあ、若手は何かと忙しいのでやむを得ませんが、こういった機会も都会ならではのことなのでもったいないです。当会の憲法委員長なんか深夜バスで北見に帰るという意気込みで参加してました。

ちなみに、帯広は当日中に帰れるので私は汽車に乗って帰ったところ、鹿にぶつかって山奥で多少立ち往生しましたが、無事帰り着けました。

 

城跡と裁判所(18)那覇地方裁判所・福岡高等裁判所那覇支部

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沖縄県の中心都市である那覇市は人口32万を超え、人口規模で例えれば埼玉県の越谷市と概ね同じくらいということになります(比較の必然性は全くありませんが、昔、越谷在住の高校の国語科の先生がそのような例えをしていたというだけです。)。

那覇市には那覇地方裁判所本庁及び福岡高等裁判所那覇支部が置かれています。

ところで、この裁判所が日本国憲法の下で司法権を行使する機能を果たすようになったのは、1972年5月15日に本土復帰して以降のことです。

つまり、本土に比べて四半世紀ほど日が浅いというわけで、そのような意味では特殊な成り立ちを持つ裁判所です。

 

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さて、裁判所のある一角からは離れて、かつての琉球王府であった首里城跡があります。

昔の城跡は沖縄戦で破壊し尽くされてしまいましたから、現在あるのは復元によるものです。しかし、城跡に行ってみれば、建物も石垣も本土にある城とは全く違う様子であることは一見して分かります。

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沖縄は本土とは大きく異なる歴史的・文化的な背景を持つ地域ですが、様々な軋轢を経ながら現在の日本国としての国家的な統合が果たされてきました。

ただ、沖縄からの視点で日本あるいは世界の歴史を眺めてみた場合には、そのような統合がなされている状態はそんなに当たり前のことなのであろうか、とも思えてきます。

果たして、日本国憲法の掲げる様々な理念はこの地で血肉化しているのかどうかと問い直してみると、なお多くの課題に突き当たりますし、それだけに、この地における司法の役割は他にも増して重いように感じられてなりません。

 

 

司法制度改革と「法の支配」

司法制度改革が進み出して以来、「社会の隅々まで法の支配を」というスローガンを良く聞くようになりました。

この言い回しは、現在に至るまで、各種の声明や宣言、あるいは個々の弁護士の意見の主張においてまで、様々なところで耳にします1

しかし、最近の私は、どうしたわけかこのスローガンを聞くと、どうもおかしな感じを持つようになってきてしまったところがあります。

なぜ、そのような思いを持つに至ったのか、そろそろ会務が繁雑になってきてブログを更新している暇もなくなっていくかもしれませんので、私のこれまでの来歴も踏まえてまとめて振り返ってみることにします。

 

「法の支配」へのアフェクション

だいぶ昔に遡り、私が京都大学の法学部の界隈に生息していたころには、佐藤幸治教授(当時)の「法学入門?」及び土井真一助教授(当時)の「外国書講読」を履修していました。

それはまだ1回生のころのことでしたから、6年7か月という妙な長さにわたる法学部生活2の中でも極めて例外的に、真面目に出席していたものです。

佐藤先生はアタッシュケースを持参して銀行員みたいな雰囲気で講義に現れ切々と語っていたことだとか、土井先生はシュッとしていて落ち着いた声で切れ味鋭い講義をしていたことだとか、いずれも印象に残っています。「権力は腐敗する。絶対的権力は絶対に腐敗する。」という言葉を紹介していた土井先生は特に格好良かったなあ、などと思い出されます。

その影響なのか、あるいは周りの空気の影響なのかは、今となっては判然としないのですが3、「法の支配」という言葉の意味についても、全く疑いなく佐藤幸治説に沿った理解をしていたところではありました。

それは、「正しい内容の法」という濃厚な意味を「法の支配」の中に見出す立場ということになるでしょうか。

 

司法制度改革審議会の意見書

そこで、司法制度改革審議会が平成13年にまとめた意見書で「法の精神、法の支配がこの国の血肉と化し、『この国のかたち』となるために、一体何をなさなければならないのか」なんていっておるなら、そりゃあ、我が国のあらゆる場所において「正しい内容の法」による統治が行われる世の中を作るんだって目標を掲げているってことだよな、こりゃあスゴいことだぜ、と思い込んでもしょうがないというものです。

少なくとも、そのころの日弁連の執行部がそう理解していたということは、当時の会長声明に現れた「社会の隅々まで法の支配を」という一節から明白です。

もっとも、私も弁護士になる前にそんな意見書も会長声明も読んでませんが、ただ、平成10年代前半というのは、そういった空気を有形無形に感じる時代であったことは間違いありませんでした。

俺なんか東京や札幌みたいな都会に居なくても他の人が頑張るだろうし4、ならば、自ら日本の端っこの弁護士会にこの身を投じてみるのも善きことなんであろう、とか思ったりもしたものです(そうはいっても、帯広は過疎地でもなければそれほど端っこでもない。)。

しかし、司法制度改革の行く末は、今更言うまでもありませんが惨憺たるものとなってしまいました。論者によって見方は異なるとは思いますが、全く問題は生じていないのだ、という主張ができる人はそうはいないはずです。

 

「法の支配」とは何か

どうも、「法の支配」という言葉の論争性5には、何か呪いでもあるんじゃないかという気がしてきました。

「法の支配」の意味など疑いもせず長らく暮らしてきたのですが(これこそ受験勉強に専念して視野が狭くなってしまった弊害ですね!)、昨今は、憲法秩序が怪しくなるような諸々の問題が出てきて、さすがに基本となる考え方を真面目に勉強し直さなければならない状況になってしまいました。そんなことをしていても稼ぎには全くといっていいほどつながらないので誠に困ったものです6

そうしたところ、こんな意見に出くわしました。

ことばの使い方はもちろん人によってさまざまでありうるが、法の支配を「正しい内容の法」の支配と同視し、望ましい法秩序のあり方をすべて含むかのように濃密に定義してしまえば、この概念を独立して検討の対象とする意義は失われる7

この論文のタイトルもずばり「法の支配が意味しないこと」なのですが、今までの理解とまったく違うじゃないか、との感を持った次第です。

更に過激な批判も存在しているようです。

法の支配は、実定法の物神化によって体制的権力を批判免疫化する機能をもつか、さもなくば法的議論をイデオロギー闘争の代用品に転化する機能をもつ。いずれの場合も、法の支配は、政治闘争のアクターが「政治的に中立な法的論議」の仮構に自己の党派性を隠蔽して正統性を欺瞞的に調達することを可能とする装置である8

要するに、これは、法の支配を装って批判を寄せ付けないとか議論を封殺することだってあるじゃねえか、というように読めます9

「法の支配」概念は、元々はコモン・ローの国(英国・米国)で発展した考え方ですが、コモン・ローを承継した法体系を有する国の中には、政治的反対者を裁判を使って弾圧するような国も存在しています(米国ですら怪しいといえば怪しい)。

法に従え、そして裁判所を尊重しろ、それが「法の支配」だ、といってしまうのであれば、法が正しくないとき、あるいは裁判所が正しくないとき、人々はどうすれば良いのでしょう。

 

スローガンとしての「法の支配」

さて、「社会の隅々まで法の支配を」といったスローガンが掲げられるような場合に、ここでの「法の支配」とはいかなる意味を有するものなんでしょうか。

仮に、それが長谷部教授の理解のように「法が備えるべき特質」という程度の希薄な意味10であるとすれば、何を言っているのか全く分かりません。ですから、かような意味で使われている訳ではないようです。

それに、このスローガンが「正しい内容の法」を前提としないのであれば、形式的法治主義と何が違うのかという疑問があります。それなら最初から「(形式的)法治主義を貫徹する!」と言っとけば足りるのですから、あえて「法の支配」という概念を持ち出す必要はありません。

そこで、ここでの「法の支配」とは、「正しい内容の法」を前提とした意味、と理解するほかありません。まあ、佐藤教授は司法制度改革審議会の意見書の起草に関与しているはずですから、色々考えたところでそういう解釈に辿り着くのは至極当然なことです。

ところが、そう考えると、「正しい内容の法を社会の隅々まで行き渡らせる」という構想は余りに気宇壮大なために、そのような社会の構築への道筋を慎重かつ綿密に策定しなければ、その実現は到底無理なんじゃないか、という疑問に突き当たります。

すなわち、それは「ロースクール作って合格者3000人、とりあえずやってみろ!」で、そのような社会を現実に構築することができるのかという疑問です11

 

「法の支配」を実現する条件

もちろん、実現できる道があるならば一生懸命取り組むべきでしょうから、構想を具体化するための条件が何かということを考えてみなければなりません。

まず、何よりも「正しい内容の法」を理解した適切な人材を養成する必要があります。

「正しい内容の法」というくらいですからその理解にまで到達するには厳しい修行が必要でしょう。そのための覚悟と素質がある人材を確保できているでしょうか?法科大学院では着実な養成ができているのでしょうか?司法試験では志願者の能力は十分に試されているのでしょうか?司法修習では修習生に不足なく経験を積ませることができているでしょうか?

次に、「正しい内容の法」を理解した人材を、適切な場所に配置する必要があります。

裁判所に十分な裁判官が配置されているでしょうか?検察庁に十分な検察官が配置されているでしょうか?あるいは弁護士会はどうでしょうか、弁護士が本来いるべき場所にいなかったり、いるべきではない場所にいることはないでしょうか?

更に、人材を配置するだけでは足りず、「正しい内容の法」を実現するための適切な活動を保障しなければなりません。

1円を得るために100円掛けるといった場合にまでコストを国民が負担する覚悟はできているでしょうか?国民のそのような権利意識を醸成するための活動は十分に行われていたでしょうか?裁判官は出世や地位にとらわれず判断ができているでしょうか?検察官は不偏不党に活動できているでしょうか?弁護士はどうでしょう、金回りの良いクライアントの言いなりにならないでしょうか?あるいは属する組織の意向に逆らえないことにはならないでしょうか?そして、いずれの職にも共通しますが信念を貫いた場合に職を辞する自由は確保されているでしょうか?

もう一度、問い直してみなくてもよいのでしょうか。

濃厚な意味における「法の支配」は、安易な構想による実現を許しません。そのためには、様々な条件が必要となることでしょう。

果たして、司法制度改革はその容易ならざる前途を意識して着手していたのかどうか、余りに楽観し過ぎてはいなかったのか、私は疑問に思います。

 

「法の支配」の成れの果て

そして、司法制度改革が進んでも、濃厚な意味での「法の支配」が容易に実現できないことが分かってくると、どうもおかしな話があちこちから聞こえてくるようになってしまいました。

例えば、依然、昨今においてもスローガンとして持ち出されてくる「法の支配」という言葉も、もはや「正しい内容の法」を前提とする意味ではなく、形式的法治主義みたいな意味でやけくそ的に誤用されているようにしか聞こえてこないことがあるのです。

もちろん、そんなものはお前さんの思いこみだの空耳だとかといわれてしまえば仕方がないのですが。

かような次第で、最近、「法の支配」、とりわけ「社会の隅々まで法の支配を」などという言葉が各種の宣言や声明に入っていたり、人の意見に混ざっているのを聞くと、違和感を禁じ得ず、あるいは、それを通り越していささか嫌悪感すら覚えてしまうようになってしまったのでありました。

誠に悲しいことです。

 

最後に

もう、「法の支配」をスローガンとすることはやめにしませんか?

本来であれば、司法制度の改善はもっと地道な目標を掲げて取り組むことを考えなければならなかったのではないか、と思います。

私は、佐藤教授の「憲法」(青林書院)を読んで学び、その博識溢れる理知的な解釈論には感服するところも多々ありましたから、佐藤教授の学問的業績には大いに尊敬の念を抱いています。しかし、司法制度改革の結果いかなる事態が司法の分野にもたらされたかということを思うにつけても、その卓越した学問的業績とは別に、どうしたって残念な思いに囚われます12

もちろん、法の支配をいかに現代の社会に生かしていくべきか、という視座を持つことは大切なことです。

ただ、法曹が真に掲げるべき目標は何でしょう。それは、色々な表現はあるとは思うのですが、あえて、何かの隠れ蓑となりかねない言葉を真っ正面から使わなくとも良かったのではなかろうか、と、今更ながらに些細というか余計なことを思ったりもするのです。

以上、言いたいことは概ね言い尽くしましたので、4月からは本来の業務に専念しようかと思います。このところ、どうしても司法制度改革の行く末が気になって仕方がなかったので色々と述べてきましたが、賛否はともかく少なからぬ反応を頂き、有り難いことでした。司法制度改革のあり方を巡っても、善き社会を見据えての活発な議論が、少しでも多くの方々により交わされる環境となるよう期待したいと思っています。

 

 


  1. 早速そのスローガンを使用して頂いておりますので、この点はとりあえず日弁連新会長のごあいさつをどうぞ。 

  2. 当時はロースクールも設立されておらず、大学院は司法受験生を寄せ付けない雰囲気も感じられたので、私は4回生終了時点で2単位を残し以後休学した。残った2単位を取得して卒業したのが7回生の10月であった。既に、その時点では兼業の許可を得た上で司法修習生になっており、随分と変則的な大学生活を経ることになった。 

  3. もう一つ可能性があるとすれば予備校でP&Cの井藤先生(現・岡山大学大学院法務研究科教授)に教わったのかもしれないが、これも今となっては定かではない。 

  4. 実際のところは、東京は人多過ぎで住んでられない、埼玉は暑過ぎて住んでられない、札幌は雪多過ぎて住んでられない、等の理由も無いわけではない。 

  5. この点を問題提起したものとして、愛敬浩二「「法の支配」再考 : 憲法学の観点から」(PDF)社會科學研究第56巻第5/6号(2005)、石澤淳好「「法の支配」論への一つの懐疑」(PDF)東北薬科大学一般教育関係論集第22巻(2009)、がある。 

  6. それでも、誰がやるのかと思えばやるしかない、ということであろう。 

  7. 長谷部恭男『比較不能な価値の迷路』149頁(東京大学出版会、2000) 

  8. 井上達夫『法という企て』37頁(東京大学出版会、2003) 

  9. もっとも、井上教授自身は法の支配に関する議論を発展させて、「強い構造的解釈」というものを提唱している。井上・前掲57?67頁。 

  10. 長谷部・前掲149頁 

  11. もちろん、前掲の司法制度改革審議会の意見書では、法曹人口以外の方策についても総花的な提言をしていないわけではないのだが、そのうちまともに実現したものはどれだけあるのか、という点についての疑問は尽きない。 

  12. この点、小林正啓弁護士が「佐藤幸治教授に足りないもの」という記事にて述べられているような、辛辣な意見も存ずるところである。 

知的廉直性の最果てからこの一年を振り返る

東京に出張があると、弁護士会館地下の本屋に並ぶ書物の流行を観察するのが通例ですが、以前、ちょっと変わった本が目にとまりました。

弁護士(しかも道内の先生)が法哲学の本を書くとはこれまた随分と異色だなあと思って読んでみると、いきなりこんなことが述べられています。

大学の教科のなかで学生に人気のないものといえば、法哲学は一二を争うといってよいのではないでしょうか。アカデミズムに無縁の私には推測することしかできませんが、おそらくこの推測は誤っていないはずです。理由もはっきりしているように思います。法哲学には、法学という言葉でふつうに理解されている実定法の解釈学のような実用性がありません。法解釈学も法哲学に劣らず退屈なものではありますが、人間それがメシの種になると思えば、多少の退屈さは我慢するものです。しかし、退屈なだけで何の役にも立たないとなれば、人気がないのは当然です。1

そういいながらも前田先生はユニークな考察を展開していくのですが、全く私もそのように思っていました。私の場合も多少の退屈さを我慢しながら法解釈学を身に付け、在野の世界で生きる糧とするに至ってはいます。

 

さて、既に2300年以上前、アリストテレスは民主制についての精緻な理論的基礎を築いていたということなのですが、日本国憲法もその精神を継承しているように直感したことがあります。ただ、果たしてそう理解しても良いものなのかどうか疑問に思っていました。今の世の中がその理想にまで達したかどうかも、良く分かりません。

そうしたところ、このような疑問に佐藤幸治教授が近著にて明快に答えているのを見かけました。

日本国憲法は、人類の長い経験と英知の表象である立憲主義の展開の現代の到達点というべきものを具現しているということを、明確に認識し理解すべきである。?2

そしてこのように結びます。

本書に何らかの意味があるとすれば、日本国憲法九七条に述べられていることを具体的に再確認し、試練と悲劇に充ちた現実世界にあってなお絶えることなき人間の知性(理性)の営みに「希望」を見出すことにあるのではないかと思う。3

ただ、古代ギリシアから始まって現在に至る立憲主義確立の歴史を締めくくるのが今の日本の司法改革というのでは4、本書を貫く立憲主義への壮大な歴史的視野に比べて何とも矮小な結末に見えてきてしまうのでした。在野の一法曹たる私の視界は、司法改革の荒波に翻弄されてあがいていたら曇ってしまったのかもしれません。

その点は措いても、憲法学者としての佐藤教授が、今更、いや改めてこのような内容を世に問わなければならなくなった事態であるということは5、真剣に考えるべきことのように感じました。私があがいていることも、「人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果」(憲法97条)を保持するための営みの一つなのであろう、というようには受け止めています。

近時の情勢を評して集団的自衛権祭りなどと揶揄される向きもあるようですが、冷ややかに投げかけられた視線は、いずれ、反射して注がれることにもなるのでしょう。

 

ここ1年ちょっとの間、私は、立憲主義を守れというような弁護士会の声明案を起草したり、街に立ち、国会の前に立っては、立憲主義を守れ!と叫んでおりました。ただ、省みれば立憲主義って何だ、ということではあります。そこを詰めずに強い主張ができるか、という問題には突き当たります。

最近、井上達夫教授の門下の方々が出された還暦記念本の対談部分で、これまでの日本の憲法学が西洋的な社会やその構成員の在り方を啓示する窓口となってきていたことを、宍戸常寿教授がこのように評していました。

それは逆にいえば、西洋社会の基本的な構成原理、法の支配あるいは立憲主義が日本社会に基礎をもたない、根づかないということに、相応しています。そのため、わが国内の実定法ないし法秩序を超えるより高次の、原理的なものの考え方に依拠しないといけないという方向が、憲法学につねに内在しています。憲法情勢が安定しているときには、そこに頼る必要はないが、しかし憲法情勢が非常に不安定になってくるとそこに頼らざるを得ないということがある。6

そうすると、何も集団的自衛権の問題に限らないのですが、実際に憲法情勢が非常に不安定になっている今の時代は、法解釈学に負けず劣らず退屈だとか、何の役にも立たないなどといって、原理的なものの考え方から逃げ回っている場合ではなさそうです。

例えば、日弁連や各弁護士会の出す憲法関係の声明や決議の内容を見ると、結論は良いとしても、もやっと感が残ることがあります。その原因は、コンセンサスを得られる範囲で作ることの限界にもあるのでしょうが、案外根っこのところがしっかりしてないことがあるようにも思います(これは、自分でもそういったものに関与することはあったので自省しているところですが。)。

 

さて、私の立ち位置としては、在野というかちょっと街から出れば原野にぶつかりそうなところの一法曹ですが、そんな場所でも、なお、法律家としての果たすべき務めに変わりはありません。

「人類普遍」のものとされている日本国憲法の基本原理であっても、それを頭から自明の理としてしまうのではなく、たえず「なぜ」という疑いに答えていく手順を通してその価値をたしかめつづけてゆくことが、大切である。7

もちろん、弁護士としてはまずは目の前の具体的な事件を着実に処理することが第一ではあるのですが、このような手順を実践していくことがより一層試されることになるのでしょう。

私自身としては司法改革の荒波の横殴りを受けて若干頭がくらくらしているところではありますが、なお、僅かに知性あるいは理性が残っているならば、その営みに希望を見出すことにして来年を迎えたいと思います。

 

 


  1. 前田健三『法的人間』序文(2015、丸善プラネット) 

  2. 佐藤幸治『立憲主義について 成立過程と現代』225頁(2015、左右社) 

  3. 佐藤幸治・前掲263頁 

  4. 佐藤幸治・前掲229頁?247頁 

  5. 石川健治「深い明るさの方へ」現代思想43巻14号165頁(2015)によると、「経済政策としての是非はさておき、アベノミクスがもつdespoticで非立憲的な側面は、日銀の独立性を盛り込んだ九七年日銀法改正に関与した立憲主義者・佐藤幸治を怒らせるには充分であった。彼は安倍の「非立憲」性を激しく糾弾する側に回ることになった。」ということのようである。 

  6. 瀧川裕英ほか編『逞しきリベラリストとその批判者たち 井上達夫の法哲学』257頁(2015、ナカニシヤ出版) 

  7. 樋口陽一『自由と国家』89頁(1989、岩波書店) 

2015-12-30 | カテゴリー : コラム, 憲法 | 投稿者 : Yoshitada Iwata

国家緊急権に強い弁護士

11月9日に札幌弁護士会の主催で「災害と国家緊急権」という勉強会が行われましたので、テレビ会議を使って聴講していたところ、それから数日後にフランスでテロが起き、フランス国内ではその対応をめぐりまさに大変な事態となっているところです。

そんな中で、我が国でも憲法に緊急事態条項を書き込んではどうかという反応も見かけるところなんですが、この問題に関しては、冒頭の勉強会の講師を務めた永井幸寿先生が、小林節教授と意見交換会を行った際の議論が参考になります。議論の最後には、小林教授も考え方を改めたようにも見えるのですが…1

 

この問題については若手の弁護士の中でも、小口幸人先生が積極的に発言しており、その意見も大変参考になるところです。

 

この先生方は、本当にこの問題に強い弁護士だと思います。阪神淡路大震災や東日本大震災の現場に実際に立っていた人たちであるが故に、説得的で力強い議論をしています。

私といえば、この問題に強いなんて自称することは到底できません。それどころか、東日本大震災の時には現場映像を見て衝撃を受け、法律相談支援2に手を挙げられなかったチキン野郎である故に、まったく災害対策の問題3では力になっておらず申し訳ない気持ちになります。

 

災害対策をダシにするな

そういうことではありますが、強い先生方の考え方をまとめることでこの問題への理解が広まる一助になればと思い、若干思ったことを記しておきます。

いずれの先生方にも共通するのは、国家緊急権に関する議論について「災害対策をダシにするな」という趣旨の指摘です。

 

日本では既に災害時の対策に関する法律は整備されています。

例えば、災害対策基本法では、事項と局面が限定されますが、内閣は緊急政令を出すことができます。また、それ以外にも、内閣総理大臣には一時的に権力が集中することにはなります。

災害救助法でも、災害の場面では都道府県知事の強制権が定められており、救助業務や物資の使用保管の権限が与えられます。

阪神淡路大震災や東日本大震災では多数の人命が失われましたが、これはむしろ法律の規定があっても、事前の準備が足りなかったことが大きな原因です。「準備していないことはできない」ということに関しては、いずれの先生方も意見が一致します。

すなわち、人命をより多く救えたかどうかということに関していえば、法律の適正な運用に努めるべく、日頃から防災教育を充実させたり、避難計画を策定し適切に訓練を行っておくことの方が、よほど必要なことです。そのような準備も万全でないのに、災害後に立憲主義体制を停止して何かやるというだけでは、場当たり的な対応に終始して余計に混乱をきたすことになるだけでしょう。

 

このような意味で、国家緊急権の問題を議論するにあたって災害対策をダシにするな、という指摘は災害対策の実情を踏まえた妥当な意見であると受け止めています。

 

テロ対策をダシにできるか

もっとも、国家緊急権の問題は災害対策の側面から問題提起されるだけではなく、テロに対する備えをどうするのかという側面からの議論が仕掛けられることはあるかもしれません。

 

戦後の日本で大規模なテロが起こった事例としては、1995年の地下鉄サリン事件があります。

当時、東京都内に通う高校生だった私は4、たまたまこの日は試験休みで都内に行かずに混乱に巻き込まれないで済んだというだけなので、それほど人ごとではないと受け止めています。

ただ、このときも首都の機能は多少止まったように見えましたが、平時の統治機構をもっては対処できない状況ではありませんでした5

立憲主義体制を停止しなければならないほどの事態がどのようなものかと考えると、かなり極限的な状況になるでしょう6

国家緊急権の問題は、本来はそのような極限的な状況が生ずる可能性を真っ正面から問うて議論をすべき問題であるはずですが、実際のところ、そんな議論には世論が耐えられないかもしれません。だからこそ、災害対策のような一見分かりやすい切り口からの問題提起が好まれているのでしょう。

 

そのような場合に政府がなし得る措置を憲法上も厳格に決めておく方法はあり得ますが、厳格過ぎれば役に立たず、役に立たなければ踏み越えられることで立憲主義体制が破壊される危険がありますし、逆に、内閣総理大臣などに包括的な権限を与えることにすると、濫用されて立憲主義体制が破壊される危険も大きくなります7

後者の例としては、ワイマール憲法下のドイツが破壊的な結末を迎えたことが容易に思い起こされます。

戦前の我が国も、また然りです。

ここで、日本国憲法があえて国家緊急権に関する規定を設けなかったことの意義を考える必要が出て来るのだと思います8

 

そうしてみると、災害対策とかテロ対策とか、いくつかの切り口からの問題提起はあり得ますが、いずれにしてもそう簡単に結論を出せるような問題ではないことだけは確実にいえます。

それでも、なお国家緊急権の規定を定めようという議論を行おうとするのであれば、何のためなのか、ということは厳しく問われなければならないでしょう。特に、権力を集中しようとする企てに邪心が隠されてはいないか、ということは良く吟味すべきことです。

 

 


  1. 小林節『「憲法」改正と改悪』169頁(2012、時事通信出版局)では、「だから、非常事態体制というものは形式的には憲法違反である。憲法違反である以上、それを憲法で認めるためには例外規定として明記しておかなければならない。だから、各国の憲法には非常事態の規定があるのだ。非常事態には総理大臣独裁が認められる必要がある。」としていた。 

  2. 東日本大震災の時は、各地で震災に伴う法律問題の相談にあたるため、地元の弁護士会はもちろんのこと、それ以外の弁護士会からも弁護士を派遣して出張法律相談を行っていた。釧路弁護士会からも弁護士が派遣されている。 

  3. 災害対策で生ずる法的問題については、司法研修所で同じクラスだった岡本正弁護士が近時まぶしい活躍をしているところであり、東日本大震災の際の取り組みは同弁護士の『災害復興法学』(2014、慶應義塾大学出版会)に詳しい。 

  4. 直接の被害を受けた路線こそ使っていなかったが、通学経路にある池袋駅や中目黒駅には実行犯がサリンを持って現れていたとのことで大変な衝撃を受けた。 

  5. 阪神淡路大震災や、東日本大震災とそれに伴う原発事故の際も、もちろん被害は甚大ではあったものの、我が国を全体として見れば統治機構が機能していなかったとはいえない。 

  6. 例えば、世界が核の炎に包まれ、暴力だけが支配する弱肉強食の時代へと突入した場合などが考えられるかもしれないが、そのような事態ではそもそも政府が機能しているかどうか怪しいように思われる。 

  7. 佐藤幸治『日本国憲法論』49頁(2011、成文堂)では、「国家緊急権のパラドックスは、立憲主義を守るために立憲主義を破るということであり、その実定化にはこのようなディレンマがつきまとう。」としている。 

  8. 永井幸寿「「災害をダシにした改憲」は間違いである」世界871号73頁(2015)では、「日本国憲法は、濫用の危険性から国家緊急権は憲法に規定しないが、他方で非常事態への対処の必要性から、平常時から厳重な要件で法律を整備するという立場を取っている。」としている。説得的な解釈である。 

2015-12-06 | カテゴリー : コラム, 憲法 | 投稿者 : Yoshitada Iwata

徴兵制を考える

安全保障法案の議論に関係して、自衛隊員の募集に支障をきたすようなことになれば徴兵制が導入されるんじゃないかといった話題を聞くことがあるのですが、これまでの政府見解としては徴兵制は憲法上許容されない、ということにはなっています。

ところで、徴兵制導入の可能性に言及する論者は存在します。例えば、井上達夫教授は9条削除論とセットで徴兵制についても考察を加えています。

自衛のためとはいえ戦力を保有し行使することを承認した国においては、自衛戦争に伴う犠牲を社会の周辺的少数者に集中転嫁せず、国民のだれもが平等にこれを負うことは、無責任な好戦感情の暴走を抑止するために必要であるだけでなく、自衛戦力行使の犠牲とコストを他者に転嫁して、自らは自衛戦力がもたらす安全保障上の便益だけを享受するというフリーライディングを排除する公平性の要請でもある。1

このような理由により、井上教授はもし戦力を保有するのであれば徴兵制によるべきだと主張します。ただ、その場合も「法律により徴兵制を定めた場合の兵役」を、憲法18条で禁止される「意に反する苦役」の例外に加える憲法改正が必要とはしています。2

 

立憲主義と徴兵制

一方、長谷部恭男教授は次のような理由で徴兵制には否定的な見解を採ります。

リベラルな立憲主義にもとづく国家は、市民に生きる意味を与えない。それは、「善き徳にかなう生」がいかなるものかを教えない。われわれ一人ひとりが、自分の生の意味を自ら見出すものと想定されている。そうである以上、この種の国家が外敵と戦って死ぬよう、市民を強制することは困難であろう。以上の議論が正しいとすれば、立憲主義国家にとって最大限可能な軍備の整備は、せいぜい傭兵と志願兵に頼ることとなる。3

徴兵制については、憲法18条ないしは憲法9条を根拠として否定することが考えられますが、この議論の仕方からは、条文上の根拠としては憲法13条の幸福追求権に主に拠っているように読めます。

徴兵制では高度化した装備や戦術に対応できないとか、兵役逃れを絶対的に防止することは制度的に難しいとかという実際の困難もありますが、そんなことよりも根底的な理由で徴兵制は許されないということです。

 

徴兵制の根拠について

さて、井上教授の考え方をまとめると、次のような理由であろうと理解されます。

  1. 無差別公平で兵役逃れを許さない徴兵制を採用することで、安全保障の政策を通常の民主制の過程による判断に委ねても、無責任な好戦衝動の暴走を抑制することができる。
  2. 志願兵となることの多い雇用機会の少ない貧困層や被差別集団の者に自衛戦力行使の犠牲とコストを転嫁し、中流以上の社会層が自衛戦力保有の利益を享受するのは、許されないただ乗りである。

こうしてみると、国民全員が公平にリスクを負い、冷静な判断も期待でき、一部の人々のただ乗りを許さない、ということで制度的な利点があるようにも見えてきます。

 

徴兵制による戦争の抑止

上記の理由1.について考えてみると、自分あるいは自分の親族が戦場に行かされるリスクが現実になると考えれば戦争への判断の暴走を抑えられるという側面はあるのかもしれません。長谷部教授もその点は認めています4

しかし、国民の大多数を戦闘員とするような異常な国ではない限り、徴兵された者は社会的には少数派の立場に置かれます。冷酷な見方ですが、いざとなったら運良く徴兵を免れた多数派の横暴で無茶な戦争に行かされる危険が生ずることにそう変わりはないように見えます。ですから、徴兵制を以て無責任な好戦衝動の暴走を防ぐ決定的な方法だとは必ずしもいえないでしょう(では決定的な方法があるのか、といえばこれはまた難問ですが。)。

なお、井上教授はベトナム戦争の初期には志願兵制だったので反戦運動が高まらなかったという趣旨の指摘をしていたのですが5、これは記憶違いであったと後で訂正しておられます6。そうすると、徴兵制でも歯止めが効かない場合もあったことを示しているようにも思われます。

 

安全保障の利益とただ乗り

もっとも、徴兵制によらず戦力を保持する決断をするならば、上記の理由2.の貧困層の人々などが志願兵にならざるを得なくなるという、いわゆる経済的徴兵制といわれるような問題は検討すべき課題です。国民全てを豊かにできるならともかく、現実的には自衛隊員の処遇の問題を考えるべきということにはなるでしょう。

自衛隊員の生命身体には活動に伴う危険が生じますが、それだけではなく、自衛隊員は、一般国民には保障される基本的人権、具体的には居住移転の自由、政治的活動の自由、及び労働基本権などがいずれも制限されています(自衛隊法55条、61条、108条)。

自衛隊員が身を賭して戦うべき場面はあるかもしれません。しかし、個々の自衛隊員にも、あえて侵略を招くような政策は採るな、あるいは、日本国民を守るのとは無関係に出動させられるのは勘弁しろ、と主張する権利も自らの利害に関わる以上は本来的にあるはずです。ただ、仮に、そのような意見が存在しても表には出ません。政治的活動は許されませんし、隊内でそんなことを主張したら意欲を疑われて待遇に影響することも予期されることです。

そうであれば、自衛戦力を保有するという判断を続ける限り、それによって利益を受ける一般国民の側から、ただ乗りにはならないよう積極的な配慮をすることが求められそうです。それは、自衛隊員の経済的な待遇改善にとどまるものではなく、自衛隊員の生命身体への危険や自由への制約を最小化する最適解となるような国内外の政策を実現するよう努力し続けることに尽きます(もちろん、究極的な理想はそのような負担を被る人が存在しない世界の実現ですが、これもまた難問です。)。

 

おわりに

以上、徴兵制について考えると共に、志願兵制についても課題を考えました。現状は、必要最小限度の実力部隊を維持するためにやむなく志願兵制を採用しているということになるのでしょうが、自衛隊員は無闇な危険を引き受けて志願するのではありません。

私の住む帯広市も旅団を擁する自衛隊の街でもあり、実際に個々の自衛隊員が公私にわたって大変な環境に置かれていることに接する機会も、多いです。近時、札幌では佐藤博文弁護士が中心となって自衛隊員やその家族からの電話相談を受けていたと聞いたのですが、このような取り組みも自衛隊員の人権擁護という観点から大変注目しています。

おまえが享受している平和な環境はただ乗りによるものではないのか、との問い掛けにどう応えるべきか、私自身も弁護士としての活動を通じて考える必要があるのだろうと感じている次第です。

 


  1. 井上達夫「九条問題再説」竹下賢ほか編『法の理論33』18頁(2015、成文堂) 

  2. 井上達夫・前掲31頁 

  3. 長谷部恭男『憲法と平和を考える』158頁(2006、筑摩書房) 

  4. 長谷部恭男・前掲159頁 

  5. 井上達夫・前掲17頁、同『世界正義論』327頁(2012、筑摩書房)、同『リベラルのことは嫌いでも、リベラリズムは嫌いにならないでください』60頁(2015、毎日新聞出版) 

  6. 緊急提言 憲法から9条を削除せよ – 井上達夫(東京大学大学院法学政治学研究科教授) 

2015-10-23 | カテゴリー : コラム, 憲法 | 投稿者 : Yoshitada Iwata

北海道の栃木

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北海道のオホーツク海側、サロマ湖に面した佐呂間町には「栃木」という地名があります。

北海道の地名には入植者の出身地から取ったものが少なくありません。自治体でいえば新十津川村とか北広島市がありますし、地区の名前では釧路市の鳥取などもそうです。

ここも栃木から入植した所だろうという程度に思っていたところ、最近になってこの地区の由来を知りました。

以前、「渡良瀬川の河童」というコラムに谷中村のことについて記したことがありますが、この地区は、谷中村を含む渡良瀬川流域で鉱毒と水害に苦しめられた人たちの移転先として入植が始まった場所でした。

 

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今でこそ、このように畑地や牧草地がのどかに広がっていますが、ここに至るまでには、地区の人たちの並々ならぬ苦労がありました。

オホーツク海側の寒冷地の開拓は困難も多く、少なからぬ入植者が撤退したり、あるいは栃木へ帰郷しています(佐呂間町のウェブサイト「もう一つの栃木」に詳しいことが載っています。)。

 

ところで、冒頭の写真にある開基百周年の記念碑の裏には、この地に存在した栃木小学校の校歌の歌詞がこのように刻まれていました。

遠き親 苦しみひらき うちたてし 心をつぎて
身をきたえ 強く明るく いざわれら あらしに堪えん

開拓の困難の中で、小学校は地域の拠り所になっていたと思うのですが、「苦しみひらき」であるとか「あらしに堪えん」など、小学校の校歌とは思えない峻烈な歌詞には只々仰天するしかありませんでした。

土地を奪われ、生活を奪われるということの困難さは、昔も今も変わりません。

自分の住みたい場所に住み、他の住民と交わり、自分の生活を維持しつつ地域の基盤を築くということは、いつの時代であっても人間が善く生きる上での根源的な条件です。

 

かつて、渡良瀬川流域で起こった鉱毒問題を半生涯かけて追及した田中正造は、

凡そ憲法なるものは人道を破れば即ち破れ、天地の公道を破れば即ち破る。憲法は人道及び天地間に行わるる渾ての正理と公道とに基きて初めて過尠なきを得べし。現政府が栃木県下都賀郡元谷中村に対する行動は、日本開国以来の未曾有の珍事にして、人道の破壊、憲法の破壊、けだしこれより甚しきはあらざるべし

との請願を議会にしたことがあります1

大日本帝国憲法の時代にも、これが憲法上の問題だという意識が芽生えていたことを見ることができます。

もちろん、今でも居住移転の自由は日本国憲法22条1項に定められています。しかしながら、この時代になっても、原発事故のような住む場所を奪われる事態は続いています。

望まずして住む場所を追われ移住せざるを得なかった人々の悲痛な願いを、今の社会の人々は良く聞き届け、そしてそれに対する万全な配慮を為しえているのでしょうか。未だその道程は半ばであるように感じられてなりません。

 

 


  1. 由井正臣『田中正造』203頁(岩波書店、1984) 

2015-09-07 | カテゴリー : コラム, 憲法 | 投稿者 : Yoshitada Iwata

開拓の黒歴史

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旭川と網走を結んでいる石北本線の遠軽と北見の間に、常紋トンネルというトンネルがあります。

このトンネルは100年ほど前に完成していますが、工事の際にはタコ部屋に労働者を監禁して強制的に労働させていました。酷使で死んだ労働者はその辺に埋めていたようです。

かつて、トンネルの改修工事をしたところ、壁から人柱となった労働者の骨が出てきたこともありました。

このような凄惨な経緯もあって、トンネルの近くには非業の死を遂げた労働者のための追悼碑が建立されています。

追悼碑の碑文にはこのようにあります。

常紋トンネルは、大正元年から三年の歳月をかけ、本州から募集された人びとの強制労働によって建設されました。工事の途上、粗食、重労働、リンチなどによって殉難された方がたは、百数十人以上と伝えられています。

この鉄道によって限りない恩恵を受けている私たちは、無念の死をとげた方がたを追悼し、北海道開拓の歴史から葬られてきた人びとの功績を末永く後世に伝え、ふたたび、人間の尊厳がふみにじられることのないよう誓いをあらたにしてこの碑を建立します。

この碑文を読んでいると、「ふたたび、人間の尊厳がふみにじられることのないよう誓いをあらたに…」との言葉のあたりで、大変ぐっとくるものがあります。

 

今では、日本国憲法18条が奴隷的拘束及び苦役からの自由を定めており、それは私人間にも適用があるとされています。

このような規定が今の時代に何の意味があるのかと思ったりもしたものです。

しかし、この辺りの建設工事で奴隷労働が行われたのは、僅かに100年ほど前のことに過ぎません。そう思うと、この地で非業の死を遂げた人たちの心の叫びが結実したこの規定には、現代でも重い意義があるということを強く感じます。

 

ところで、この追悼碑のある常紋トンネルの付近は心霊スポットとして知られており、昔から、火の玉が出るとか怪死者が出るといった噂があるようです。

私も、この付近を通る度に背筋に寒気を感じ、また、この追悼碑に行こうとしたら追悼碑へ続く階段が滑って何度登ってもたどり着けないので怖くなって帰ったこともありました。

私自身は霊感のない方ですが、これは間違いなく何かが出ている、という実感です。

北海道にはこのような地があることを忘れることなく、非業の死を遂げた人たちへの供養の念を忘れないようにしたいと思います。

 

 

2015-09-03 | カテゴリー : コラム, 憲法 | 投稿者 : Yoshitada Iwata

弁護士会の意見表明

道弁連大会での議論

平成27年の北海道弁護士会連合会定期大会では、「集団的自衛権行使等を容認する閣議決定の撤回を求めるとともに、同閣議決定に基づく関連諸法令の改正及び制定に反対する決議」(長い!)に関する議論がなされ、結果的には賛成多数で可決されました。

ところで、この議案に対しては今年も会場で反対意見と賛成意見の応酬がありました。道弁連大会で決議案への反対意見が出ることはそう多くはありません。但し、時間の制約もあって十分に議論できたともいえないようには感じます。

そこで、この決議のどのような点に意見の対立があり、どこが問題なのか考えてみたいと思います。

 

対立点の比較

反対意見を述べた会員の示した争点が4つありましたので、その争点を踏まえて比較してみると、次のような意見の対立があることが分かります(なお、下図の賛成意見の方の見解は、大会で実際にこのとおりの主張がなされたものではなく、あくまで私見です。)。

反対意見 賛成意見
 

そもそも、日本国憲法の解釈として、集団的自衛権を容認することは可能である。

 

 

前稿「9条のことは嫌いでも、9条解釈は嫌いにならないでください」を参照。

 

 

安全保障に関する法律は、高度な政治性故に司法審査の範囲外であり、弁護士会が意見を述べることは不適当である。

 

 

砂川事件最高裁判決も、法令が一見明白に違憲の場合は違憲審査の余地を残しているから意見を述べる余地はある。

 

 

弁護士会は強制加入団体であるところ、その団体としての性質上、政治的意見の表明を行うことは団体の目的を超えている。

 

 

弁護士には法律制度の改善に努力する役割が課されており、そのための事務を行うことは団体の目的の範囲内である。

 

 

強制加入団体である弁護士会による政治的意見の表明は、反対意見を持つ会員の思想良心を侵害するから、許されない。

 

 

反対派の会員が差別的取扱を受けたり、除名されるものではなく、会員が個人の立場で反対することは制約されない。

 

 

議論の検討

時間的制約はありますが、全体として、もう少しかみ合った議論がなされれば良かったようには思いました。

例えば、ある会員からは「この決議案は自衛隊を違憲とする前提か?」という質問がありましたが、これは意味のある問い掛けに思われました。解釈改憲して自衛隊を合憲としているのに、解釈改憲して集団的自衛権を認めないのはおかしいのではないか、という主張はありうるからです。しかし、実際には、そのような質疑の流れにはなりませんでした。

賛成意見を出す方も、立憲主義を根拠とする場合、それを弁護士がどうして守らなければならないのか、ということについて、更に掘り下げた主張を展開できるように検討しておかなければならないように感じました。

なお、反対意見を述べていた方々は、大会に出て自説を述べていたわけですが、この点は敬意を表すべきものかと思います。圧倒的な少数派であることを覚悟しつつも自分の考えを述べることは、簡単なことではありません。

 

理論の問題から

まず、弁護士会の目的は何か、という問題があります(なお、道弁連は弁護士会の集合体ですので、以下同様の議論が成り立つと考えられます)。

弁護士法1条1項は弁護士の使命として「基本的人権の擁護」と「社会正義の実現」を掲げ、同条2項は「社会秩序の維持及び法律制度の改善」への努力義務も掲げています。また、弁護士会には建議権(同法42条2項)が認められています。そうすると、「弁護士及び弁護士法人の指導、連絡及び監督に関する事務を行うこと」を弁護士会の目的として定める同法31条1項の解釈として、立法されようとする法案に対する意見を表明することも、その目的に含まれると解されます。

ここは、団体の目的を考える上では、団体及びその構成員の性質を個別具体的に良く検討する必要があるところで、強制加入団体であるという性質のみからは、政治的な意見表明が目的の範囲外であると直ちに導けるわけではないように思われます。

 

もう一つ、会員の思想良心の自由を侵害しないか、という問題があります。

個々の会員の意見と団体としての弁護士会の意見が食い違うこと自体は、当然に想定されることです。構成員の意思を離れて、団体独自の意思が存在することはあり得るからです。この点に関していえば、構成員のうち少数意見を持つ人の扱いをどうすべきか、という問題はあります。それをまったく無視して執行部が独断で意見を表明するわけにもいかないでしょう。しかし、手続的に瑕疵なく決定されて出された対外的な意見であれば、それに対しては一応敬譲すべきように思われます。

自分の属する単位会、あるいは日弁連が、自分の主義主張と異なる意見を有していることは、刑事司法改革や法曹養成制度の問題などで、私の場合も少なからずあります。これらもどう見ても政治的な問題ですが、強制加入団体だからそのような意見を出すな、という声はあまり聞こえてきません(強制加入団体であることを止めてしまえ、という意見は聞こえることはありますが。)。

しかし、日弁連の言っていることがおかしいことは良くあるので、そのような場合はきちんと反対意見を表明しています。それを妨害されたことも、そのことで差別的な取り扱いを受けたことも、私自身はありません。ですから、総本山め!と不快に思うことはありますが、自分の思想良心が侵されたとは感じていません。

なお、砂川事件の最高裁判決には極めて政治的な問題がありますが(前稿「砂川事件と裁判所」を参照)、司法審査の範囲が弁護士会の意見を述べうる範囲を直ちに画するかどうかは、明らかではないように思います。

 

価値の問題から

弁護士の仕事は、法を用いて個人の権利あるいは自由を実現することに核心があります。個人の権利や自由を擁護するためには権力を制限する法の存在が求められ、そのために憲法が存在し、それに基づく統治を行わせることが立憲主義です。すなわち、立憲主義は、弁護士という職業の核心を支える根幹となる理念といえます。

個々の弁護士にも思想良心の自由があるとはいえ、この理念を否定する性質の主張をすることは、自己の職業の存立基盤を破壊することになります。この点だけは、この職業に就く以上、共通の価値として捉えなければどうしようもないことのように思うのです。

私は、この道弁連大会の別の議案での討論で「弁護士の共有すべき価値観に重大な断裂が生じている」という意見を述べましたが(前稿「即身仏理論」)、それは、究極的にはこの問題を指摘する趣旨に出たものです。

だからこそ、弁護士は、個人的な主義信条を超えて考えなければならないこともあるでしょうし、立憲主義に基づく主張をするにしても、それが法解釈の理論において、あるいは弁護士の歴史を踏まえた議論において、より説得的なものであるかどうか、絶えず問い直さなければならないということだと思います。

 

 

9条のことは嫌いでも、9条解釈は嫌いにならないでください

9条削除論

安全保障法制をめぐる議論が広がる中、9条削除論というものが注目を集めているようです。これは、法哲学者の井上達夫東京大学教授が以前より主張していた見解です。

そこで同教授の近著を拝読しましたが、率直なところ違和感が尽きません。その原因がどういうことにあるのか、同教授が修正主義的護憲派として批判の対象としていた、憲法学者の長谷部恭男早稲田大学教授の見解と比較しながら、考えてみることにします。

 

見解の比較

単純化しすぎるきらいもありますが、図式化してみます。

井上説の要旨 長谷部説の要旨
 

憲法9条の
存在意義

 

 

安全保障の問題は、通常の政策として民主的プロセスの中で討議されるべきであり、ある特定の安全保障観を憲法に固定化すべきではないから、憲法9条は削除すべきである。

 

 

憲法によりそのときどきの政治的多数派によっては容易に動かしえない政策決定の枠を設定し、そのことを対外的に表明することは、合理的な対処の方法といえる。憲法9条による軍備の制限は合理的な自己拘束の一種と見ることが可能である。

 

 

解釈改憲に
ついて

 

 

憲法9条解釈としては、文理の制約上絶対平和主義を唱えているとしか捉えようがなく、専守防衛の範囲なら自衛隊と安保は9条に違反しないという旧来の内閣法制局見解は、既に解釈改憲である。修正主義的護憲派は、自分たち自身が解釈改憲をやっているのだから、解釈改憲を批判する資格はない。

 

 

いったん有権解釈によって設定された基準については、憲法の文言には格別の根拠がないとしても、なお守るべき理由がある。いったん譲歩をはじめると、そもそも憲法の文言に格別の根拠がない以上、踏み止まるべき適切な地点はどこにもないからである。同じ状況は、憲法9条の下で守られるべき具体的な制約を設定する場合にも妥当する。

 

 

参考文献

 

 

井上達夫
『リベラルのことは嫌いでも、リベラリズムは嫌いにならないでください』
(毎日新聞出版、2015)

 

 

長谷部恭男
『憲法と平和を問いなおす』
(筑摩書房、2004)

 

 

憲法の役割からの検討

井上教授は、憲法の役割はフェアな政治的競争のルールと被差別少数者の人権保障のためのルールに限定されるべきであり、通常の政策は民主制の過程で議論されるべき、と捉えています。安全保障の問題は、通常の政策であるから硬性憲法で規定されるべき問題でない、ということです。

しかし、安全保障の問題は通常の政策でしょうか。戦争が起きれば、確実に人が死にます。多くの人が死にます。誰が死ぬのかといえば、戦地に行かされた者か、内地で安全な所に居られなかった者が、高い確率で死にます。それらの人たちは、理由もなくそのような運命?善く生きることを奪われる運命?を押しつけられる少数者なのではないのでしょうか。だとすれば、安全保障の問題は単なる通常の政策としての範疇を超えた問題であり、憲法でこの問題について定めておく意義があります。

 

もう一つ、安全保障の問題を硬性憲法で拘束するのは許されないパターナリズムだ、との指摘があります。エリートが民衆を正しい方向に導くように指導する、といったパターナリズムは許されないということです。

しかし、人間である以上、エリートも、そうでない人も判断を誤ります。そして、安全保障の問題で判断を誤れば、先述のとおり差別された少数者の人権が奪われます。これは人間の属性を問わず、運悪く差別された少数者の立場に立たされる可能性があるすべての国民に関わる問題です。そうだとすれば、安全保障の問題に関する定めは、特定の支配者が命令するパターナリズム的な拘束ではなく、過去から現在に至るまで連綿と、国民が皆で自分たちのことを拘束してきた、文字どおりの「自己拘束」と評価されるべきものです。

安全保障の問題には政策の要素が当然ありますから、その限りでは民主的プロセスにおいて議論されて然るべきものです。しかし、民主的プロセスにおいて討議した結果が正統性を得られる場合というのは、討議に必要な情報が十分に流通し、有権者が適正に代表を選出し、代表が的確に討議を行った場合に限られます。そうでなければ、何の理由もなく他人に自分が拘束されることになるからです。

もっとも、議会制民主主義の建前を取っている国でも、このような条件は常に満たされるとは限りません。そうであるならば、民主的プロセスが不全な場合に備えて、安全保障の問題について事前に厳しい拘束を掛けておく、ということには合理的な理由があります。

なお、別の視点からは、我が国が、過去も現在も、制度的に民主的プロセスの正統性を確立し、それを維持できてきたのかどうか(例えば、表現の自由は十分に維持されているか、投票価値の平等が実現しているか、など)、ということは改めて問い直すべきことでもあります。

 

以上の次第で、憲法9条には、削除してはならない固有の存在意義があると考えられます。

 

解釈の限界

そこに意義あるものが存在するのだとすれば、その意味内容を決するのが解釈の問題です。不自然な、あるいは非常識な解釈を避けるために削除すべきというのではなしに、向き合わなければなりません。法文に矛盾があれば、良く悩み、その意味内容を探って解釈論を展開することは不可欠です。

それが、基礎法学者、実定法学者、あるいは実務家を問わず、法律家の果たすべき努めだというように思います。

 

文理からいえば、井上教授のいうとおり、憲法9条は絶対平和主義を規定したものと解釈されます。しかし、そのような理解をすると、絶対平和主義、すなわち、侵略されて殺されようとも殺さない、という特定の生き方を国民に押しつけることになります。そのような解釈は、異なる価値観の共生を目指す立憲主義の立場とは相容れません。不正な侵害がなされる極限の事態においても、服従するか、抵抗するか、逃げるか、いずれを選び取るかは、それぞれの人間の生き方の判断?人はいかに生きるべきかということ?に委ねるべきものです。

そこで、立ち返って、憲法9条の意味内容を考えて解釈しなければならない必要に迫られるのです。ここで、長谷部教授は、憲法9条はある問題に対する答えを一義的に定めるもの(=準則)ではなく、答えをある特定の方向へと導く力として働くにとどまるもの(=原理)である、といいます。このような条文の性質への理解を前提として、条文にはない個別的自衛権を認め、その行使のために自衛隊が存在することが許される、というように解釈します。

しかし、それでもなお、自衛隊の権限や装備については、憲法9条の原理を踏まえた厳しい制約が課されてきました。その自衛隊がどこまで活動できるか、ということに関しては長年政府が解釈を積み重ね、かつ、解釈を明言してきた事実があります。集団的自衛権に関していえば、それは行使できないという線が引かれてきました。

この一線は、踏み越えてはならない解釈の限界です。なぜなら、踏み止まることができなければ、憲法9条の原理としての性質を完全に破壊することになるからです。それは、憲法9条が存在し続けていることを前提とする解釈論としては、論理的に許される範囲を超えます。

 

このような理由で、自衛隊や日米安保条約を合憲と解釈していた立場の人であっても、集団的自衛権を容認することが許されない、と主張して矛盾しないことになります。解釈にも論理的な限界がある以上、いずれも解釈改憲ではないか、との批判は当たりません。とりわけ、安全保障の政策を拡大する方向の立法がなされるのであれば、憲法9条の原理性を意識して解釈を行わなければならないでしょう。

 

おわりに?知的廉直性の最果てから

そんな訳で、私としては井上教授の見解にカリカリしていたところ、大学で真面目に法哲学の講義に出ていたうちの岩田明子弁護士からは「あの先生はシニカルな言い方をするからねえ…」と、軽くたしなめられてしまいました。もちろん、優れた哲学者からは学ぶべきことも多いのです。ただ、この件だけには何か言うべき必要を感じた次第で、浅学菲才の身を顧みず筆を執りました。

研究者が真剣に考えて達した結論を表明されるのは大変結構なことですが、私が危惧しているのは、「9条削除」という言葉が一人歩きしていることであり、実際、この結論を強調する支持者もいるようですので、いささか脅威に感じています1

 

 


  1. 9条削除論をめぐる動きに疑問を呈したところ、首都大学東京の谷口功一准教授から「知的廉直性の最果て」とのご批判を頂き、なかなか興味深いと思い見出しに使わせて頂いた。井上教授ご自身は時局性に依存しない議論をしていると理解しているが、一部には9条をめぐり護憲的改憲をすべきであるとか国民投票をせよといった意見もあるように見受けられ、誠に奇妙に感じている。ただ、実際のところは、そのような動きも必ずしも多くの支持を得ているようには思われない。 

2015-08-01 | カテゴリー : コラム, 憲法 | 投稿者 : Yoshitada Iwata

即身仏理論

北海道弁護士会連合会の定期大会が、平成27年7月24日、旭川市で開催されました。

例年、大会では決議案が上程されますが、そのうち一つの議案(「司法試験年間合格者数を現状から大幅に減員することを求める決議」)について、浅学菲才の恥を忍んで若干の意見を述べてきました。

私は、法律家は食べていけるかどうかを考えなくても、人々の役に立つ仕事をしている限り飢え死にすることなどないと思い、仕事してきました。そのような使命感をもつ弁護士は、この場にも多くいるはずです。このような考え方自体は妥当なものと考えます。

しかし、環境の変化はあまりに劇的でした。これでは、成仏できるどころではなく、即身仏になりかねません。

いわゆる成仏理論ですが、法律家の心構えとしては間違っているわけではないとは思うのです。

ただ、法曹人口の増加は現世に大きな変化をもたらしてしまったので、今や、成仏理論は即身仏理論に昇華しました。

 

しかし、どちらかといえば、私が言いたかったことはそんなことではなくて、法曹人口が増加しても理想が達せられたようには見えない、他の問題のことでした。

京都大学名誉教授の佐藤幸治先生は、「立憲主義について」という近著の中で、法の支配の強化のためには司法の人的基盤の拡充が必要、だから、司法試験合格者3000人を目標にし、法科大学院の創設をした、という点に触れられています。

しかし、法曹人口が増えて法の支配は強化されたんですか?

秘密保護法はできるし、安保法制も通りかねないし、法の支配も立憲主義もぶっ壊される一方です。在野法曹として、悔しくてなりません。私は、軽くいらだちを覚えています。結局、弁護士の影響力は低下しています。

もちろん、成果が見えるようになるまでは今しばらく時間が掛かる、ということではあるのかもしれません。

しかし、現実的に、些末な事件処理と営業活動のみに追われる在野法曹が、「この国のかたち」を、そして社会のあり方を、より漸進的に改良するための活動に全力を注ぐことができるでしょうか。そのような志をもって全力で活動すれば、即身仏にはなれるかもしれませんが。

さらに恐ろしいことは、本来、法の支配というものに最も敏感であるべき弁護士出身の政治家がそれを破壊するような政策を様々な場所で平然と推し進めていることです。

私は、惨憺たる気持ちになります。この人たちの良心はどこへ行ったのか、と。

なぜでしょう、政治家になった弁護士は、大幹部も若手も問わず、法の支配の基盤である「正しい法」を語らなくなります。

 

少し本題から外れましたが、法曹人口の問題に関していえば、司法試験の合格者を何人にすればよいのかというのは考えてみたけれども難しい問題です。

但し、昨今の法曹人口の激増は、法の支配を在野から実現しようとする良心的な弁護士の勢いを確実に削いでるなあ、とは感じます。

多分、それが私が感じる軽いいらだちの原因です。

どうしたら、より志のある人にこの業界に来てもらえるか、ということは弁護士業界に身を置く我々も真剣に考えないと、近い将来、理想に逆行して法の支配がゆがめられ、人間の尊厳が容易に奪われる社会が到来することになるかもしれません。

そんな社会になってしまうのであれば、法曹生命を賭けて即身仏化するしか途がありません。

 

 

平和への切なる祈り

雪解けの五月、頸城の山々を眺める

明治時代に一番人口が多かった道府県はどこであったかというと、意外にも、東京ではなく新潟だった時期がありました。

新潟に生まれた曾祖父も、人の流れと共に東京に移っていきました。まだ、上越線の国境のトンネルも完成していないころのことです。そして大正11年生まれの父方の祖母は、戦乱の時期を生きる世代となりました。

昭和20年に入り、生まれたばかりの子を抱えた祖母は、空襲を避けて新潟に疎開しました。戦災著しいこの時期にどうやって新潟まで移動できたか定かではありません。疎開先の松代は屈指の豪雪地、この年は特に大雪の年でした。

困難も多かったのでしょう。戦争に勝つ世の中に、との願いを込めて勝代と名付けられた子は、その年の5月、終戦を待たずに死にました。

小さいころの私は祖母から頼まれ、毎日仏壇に米や水を供えてお祈りしていました。しかし、祖母は過去を語りませんでしたから、私は何に祈っているか分からなかったのです。それが分かったのは、平成21年に祖母が死んでからのことでした。今にして思えば、平和を祈り続ける大切さを祖母は教えてくれたのです。


戦争の時代には、慰問袋というものがありました。戦地の兵隊たちを励ますために、国内に残った女性たちが日用品などの入った袋を送ることが行われていました。

さて、私の父方の祖母が慰問袋を送ったところ、母方の祖父がそれを受け取りました。母方の祖父は律儀な人でしたので、その後も手紙の遣り取りがありました。こうして、父方の家と母方の家の交流が始まり、それは戦後も続きました。そして、たまたま私の父と母が結婚することになり、私が生まれたのです。

つまり、先の大戦がなければ、私はこの世に存在しません。私が存在する限り、戦争の影響は続くのです。私が死ぬまで、それは続きます。

戦争は人間の運命を容易に変えます。しかし、人間がどのように生きるかということは、本来その人が決めるべきことです。そのような人間の尊厳を一瞬にして打ち砕くのが戦争の脅威です。ならば、私は、戦争の影響を受けた存在として、どうしても言わねばならないことがあると思うのです。


様々な仕事のある中、私は、たまたま弁護士という仕事をしています。

戦争に反対するのは人間として自然な心情でしょう。好んで推し進めようとする人がいるなら、抵抗するのもまた自然な反応です。

今の世の中、誰でもそのような声を出せるとは限りません。組織に属している人には、自分の生活があります。良心に従ってものを言えば、組織とぶつかり、地位を失い、路頭に迷うかもしれません。官僚機構も民間企業もNHKも、組織の人は人事やカネで押さえ込めばどうにでもなってしまうのだ、という現実を昨今もまざまざと見せつけられ続けています。

だからこそ、在野にいる私としては、声を上げなければならないことがあると思うのです。

幸いにして、我が国では、時の権力に逆らうことを多少言っただけで弁護士が一網打尽にされる世の中にはまだなっていません。いや、そんな世の中が来ても、自分の良心に従ってものを言わねばならない時もあるでしょう。

少なくとも、戦争に関することだけは何か言わねばならない、それがこの世に私が存在する意義ではないか、ということに思い至りました。


今年の5月、私は、まだ雪の残る松代を訪ね、戦後を見ぬまま逝った幼子の眠る頸城の山々に向かって祈りました。

日本は戦争に負けた後、70年を掛けて、1億2千万を超える多数の国民が平和と繁栄の中に暮らせる世の中を築いたのです。人類の歴史において、貴方の名前のとおり勝ったのですよ、と。

私の存在から導かれる私のなすべき仕事は、明確に見えています。戦争で望まぬ運命を強いられ、尊厳を奪われる人間が一人でも出ないようにすることに尽きます。

そのことを、これからも胸に刻んで生きていこうと思います。

 

 

2015-07-23 | カテゴリー : コラム, 憲法 | 投稿者 : Yoshitada Iwata

砂川事件と裁判所

立川基地の跡地

いまさら感の漂う議論ではあるのですが、最近、ある最高裁判例の評価を巡って大きな議論が沸き起こっています。

砂川事件ですね。

砂川事件は、基地拡張に反対する運動をしていた人たちが米軍立川基地内に踏み込んだということで裁判になった、という事件でした。

ところで、立川基地の跡地は非常に広大ですが、その一角が今どうなっているかというと、こんな建物が建っています。

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東京地方裁判所立川支部です。

東京の多摩地方を管轄する支部は以前は八王子市にありましたが、現在では立川市に移転しています。支部とは思えない巨大な裁判所庁舎です。

 

事件現場の今

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さて、砂川事件の現場は、一審判決の判決文によると立川基地北側のフェンス付近です。

自衛隊の立川駐屯地となった現在も、そのあたりからフェンス越しに滑走路が見えますが、かつてはこの真上を飛行機がビュンビュン飛んでいたようです。今でもヘリコプターは結構飛んでいます。

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駐屯地と道路を挟んで向い側に行ってみるとこんな看板があり、かつて反基地闘争が盛んだったころの雰囲気を残しています。

そんなわけで、基地が拡張されようとしていた場所は、周囲と比べると開発から取り残され、一部は今も畑地のままです。

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空き地の一部は野球場やテニスコートにもなっています。「暫定的に」というのが何ともいえない訳あり感を漂わせていますが、これは、国が基地拡張のため用地買収をしたものの拡張には至らなかったことから、公園として使っているということのようです。

立川基地の拡張はうまくいかなかったため、米軍は次第に近隣にある横田基地にシフトしていくことになりました。横田基地の近所に住んでいる私の姉に聞くと、「横田は輸送機が中心だからマシかもしれないけど、最近はオスプレイだか何だか知らないのが飛んできたりもするし、結構うるさいんだよね?。」なんて話でした。米軍基地から生ずる種々の問題は、我が国の首都の住民にも、決して昔の話でもなければ、遠い話でもありません。

 

事件と司法権の独立

さて、砂川事件は、一審で米軍の駐留が憲法違反であるとする判決が出され、その後、高裁を飛ばして最高裁判所で審理がなされるという異例な手続をたどっていますが、当時の田中耕太郎最高裁判所長官は、審理の日程や評議の情報を米国大使にお知らせしながら手続を進めていた、との資料が最近になって発掘されています。1

そうだとすると、この判決は、司法権の独立をかなぐり捨てて対米従属に走った結果としての判断であり、いわば我が国の司法権の歴史に刻まれたメジャーリーグ級の汚点である、との評価がなされてもおかしくはないことでしょう。これでは、判例としての権威に疑義も生じかねません。

一方で、砂川事件の判例を根拠に集団的自衛権を容認するかのような議論もなされていますが、この判例の生まれた背景を観察してみれば、それが極めて脆弱な根拠に基づいた議論であるとの批判も免れ得ないことかと思われます。

 

不思議な因縁

冒頭に触れたように、東京地裁の立川支部は立川基地の跡地に所在していますが、思い起こしてみると、今の最高裁判所も、かつてパレスハイツと呼ばれた米軍居留地の跡地にありますし、和光市にある司法研修所も米軍キャンプの跡地にあります。奇しくも、今月には、米国の最高裁判所長官が日本の最高裁判所から招聘されて意見交換をする予定もあると聞いています。

いずれも、たまたまそういうことに過ぎない、とも思うのですが、我が国の司法権と米国には、何か不思議な因縁があるということなのかもしれません。

 

 


  1. 布川玲子・新原昭治編『砂川事件と田中最高裁長官』59頁?67頁(日本評論社、2013)