リーガルサービスの経済学(3)モラルハザードなどの諸問題

はじめに

前稿(リーガルサービスの経済学(2)逆選択への処方箋)では、逆選択の発生に対してこれを回避する方法はいくらかあるものの、決定的な手段はないということを述べました。

さて、情報の非対称性から生ずる問題のうち、逆選択は契約を締結する前の問題ですが、契約を締結した後の局面でもモラルハザードという別の問題が発生します。

本稿では、この問題などに関連する具体例を検討することにします。

モラルハザードについて

モラルハザードとは、一般的には、契約を締結した者は契約の相手方に対して不利な行動を取るインセンティブを抱きやすいという現象のことです。

元々、このような現象は保険契約において顕在化しました。保険を掛けていると安心してしまうので、事故を防止する努力を怠りやすくなり、結果として損害発生リスクが高まってしまうという問題が生じることに由来します。

エージェンシー問題

さて、弁護士の場合、依頼者との間で委任契約を締結し、依頼者(プリンシパル)の代理人(エージェント)として法律事務を処理します。この契約においてもモラルハザードは発生します。すなわち、弁護士が依頼者の利益に背いて自分の利益を得ようとする行動に走ることです。このような問題を、プリンシパル=エージェント問題であるとか、エージェンシー問題といいます。

そして、この問題への一般的な対策としては、

1.モニタリング

2.成果報酬制

があると考えられています。

モニタリング

これは、文字どおり、依頼者が代理人を監視することです。

弁護士が依頼者から「この事件どうなっているんだ?」という問い合わせを受けることも、モニタリングの一態様ではあります。もっとも、自戒を込めていいますと、事件処理については問い合わせを受ける前にちゃんと報告しなきゃダメですが。

ただ、依頼者には適切なモニタリングを行わせるのは困難です。弁護士の活動の意味が理解できなければ適切な監視をするのは無理ですし、だからといって別の弁護士を付けて監視したり、毎日電話を掛けて監視するとなれば、それはそれで依頼者側に監視コストが発生してしまいます。

インセンティブによる対処は効果的か?

そこで、直接の監視を要せず、かつ、代理人が適切な活動をするよう促す契約方法として、成果報酬制を含む契約をすることが考えられます。

弁護士費用の決め方としては、大別すれば、定額報酬型、成果報酬型、タイムチャージがありますが、事案に応じていずれかを採用するか、複数の方式を組み合わせることが一般的です。例えば、民事事件の弁護士費用は、一定額の着手金を定め(定額報酬型)、事件終了時に獲得した経済的利益に応じた報酬金を定める(成果報酬型)というのが普通でした。このような方式は、弁護士のリスクを一定程度に抑えつつも、良い業務を行わせる一定のインセンティブを与えることから、それなりに合理的であったとは考えられます。

ところが、近時、過払金請求、交通事故、残業代請求などの一定の類型の事件では、着手金なしで完全成果報酬制をうたう契約手法を多く見かけます。これは、着手金を用意できないが事件を依頼したいというニーズに対応していますし、成果がなければ依頼者は報酬を払わなくて済むメリットもあります。

しかし、このような契約は代理人である弁護士に大きなリスクを負わせることから、その見返りとして比較的高い割合の報酬を定める必要が生ずるため、良いことばかりではありません。

例えば、そもそも依頼者の手取りが少なくなることがあります。また、上記の各類型の事件のように元々一定の利益が見込める場合には、むしろ弁護士が安易に不利な和解を勧める誘因にもなり得ます(例えば、訴訟すれば100%回収できるが和解でも50%を回収できる場合を仮定すると、報酬の割合を2倍にしていれば和解しても弁護士は同じ額の報酬をもらえる。)。さらに、これは成果報酬制だけの問題ではありませんが、勝たないと報酬を全く得られないというプレッシャーが強くなれば、弁護士に不正を働かせる誘因になる場合があり得ます(例えば、証拠を偽造して勝訴判決を得るなど。)。

このように、適度な成果報酬の付与を含む契約であれば弁護士に適切な行動をさせる動機になりますが、その内容が行き過ぎると上記のような深刻な弊害が生じるという問題もあり、必ずしもモラルハザードを回避するための決定的な解決策ではありません。

ホールドアップ問題

ところで、委任契約はいつでも解除することができるので(民法651条1項)、依頼者にとっては、弁護士の働きが不十分なら契約の解除も選択肢となります。

もっとも、依頼者の中には、弁護士に協力もしないのに勝手気ままな解除をしたり、事件の解決直前に解除して成果報酬支払いの拒否を企てる者もいるため、そのようなことを防ぐため、弁護士が一定額を預り金として受領しておいたり、着手金の不返還やみなし報酬の支払義務を契約書に定めておくということはあります。

しかし、これらも行き過ぎれば問題が生じます。弁護士が、着手時に多額の預り金を要求したり、訴訟等で厳格に未払報酬を回収する方針を採る場合、弁護士の働きが不十分でも依頼者は解除をためらわざるを得なくなります。このように、やり方次第では、依頼者が逃げられない状況に陥っているのにつけ込んで、弁護士が自分に有利な契約を維持できてしまうという問題が生じます(ホールドアップ問題)

知識や情報が十分ではない依頼者に非がない場合にまで、弁護士が圧倒的に有利な契約の効力を主張するということになるのだとすれば、いかがなものでしょうか。素朴に考えれば、そんな振る舞いが公正なのか正義なのかという話ではあります。

まとめ

誠に困ったことに、これらのモラルハザードなどの諸問題に関しても、克服する決定打はなかなか見あたらないのが実情です。

しかし、打つ手がないからといって放置しておく訳にもいかない重大な問題です。

平成16年3月限りで日弁連が報酬規程を廃止して放っていた間にも、新たなマーケティング手法と称してなのか、様々な問題を孕む内容の委任契約が次々と編み出されてきました。余りに行き過ぎたため、平成23年4月には債務整理事件に関しては報酬の上限を規制する事態にまでなったのは記憶に新しいところです。

そこで、次稿では、情報の非対称性から生ずる諸問題の解決策(決定的なものはないのですが)に関して、何とか現状よりは良い方向に向かって行けるようにはできないのか、かなり重たいテーマになると予想しますが考えてみます。

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