事業承継と弁護士関与(4)弁護士のできること

そのようなわけで、弁護士は税務の問題についてはいささか触りにくいところがある。既に税理士業務をしているというならともかく、個人的には税務の関係はイメージがしにくい。

餅は餅屋ということである。

 

日税連からの要請

さて、最近の議論である。

日税連が、日弁連に対して事業承継の関係で連携を呼びかけてきたことがあったらしく、日弁連側でも議論されているのを聞いた。

これに対しては、「美味しいところだけ取っていってるだけではないか」とか「昔はこちらから連携を持ちかけても中小企業支援は税理士の中核的な業務だと返されたりして困ったものだが…」といったような、割と率直な議論も聞こえてくるところである。

ただ、この点は実際上の必要性が確かに出てきているようでもあり、考慮を要するところだと考えている。

 

弁護士が関与すべき問題

率直な感想としては、そういう方向性にならざるを得ないのだろうなという気がしている。

というのも、事業承継問題について税理士さんたちに強みがあるとしても、やはり困った問題は発生するからである。

すなわち、事業承継の多くの場合には相続の問題が避けて通れない。そこで、相続対策も行う必要があるが、そこは税理士さんには限界がある。本格的に親族間で揉めだして遺産分割協議をやるとか、遺留分減殺請求の問題が発生したとかなると、税理士さんには手を付けられない。

そうなってくると弁護士の出番ということにならざるを得ない。

ただ、事業承継系の相続紛争は、なかなかまとまらず五年十年と争っていることも普通にある。何より疲弊するのは当事者である。どうにかしようとすれば、まずは良く練られた遺言を書く、というのが一応の策であろう。

そこで、事業承継に当たって税理士さんサイドで必要を感じる場合には、まずは弁護士と協力しながら遺言作成を行う、ということがより普及するようになれば良いと思っている。

そうすれば、遺言がなくて困ることにならないし、また、登記ができないとか、税金が払えないとか、紛争の火種が埋まっていたといった、あっても微妙な遺言が出てくることを防ぐこともできる。

もちろん、こう言ってしまうと身も蓋もないが、遺言があってもなくても揉めるときは揉めるので、その時はもう腹を括って弁護士が出ていくしかない。

 

廃業の需要

ここまで事業承継のことを述べてきたが、一方で、事業を承継せず廃業を検討するというニーズは意外に多い。

例えば、帯広商工会議所のアンケート結果を見ると、「事業承継を希望しておらず、廃業する予定」という回答が31.4%もあった。

もちろん円滑に廃業が進むなら良いのだが、例えば、会社が債務超過の場合には法的整理をすべきであるから、そのような事案であれば、むしろ弁護士が入る必要性がある。

そして、そのような事案は、今後も一定の件数は発生するように予想している。事業承継の仕組みは整備される一方、思惑どおりには行かない場合もあるかもしれない。

そのような場合であれば、むしろ弁護士の強みが発揮されるところではある。実際、その方向のノウハウであればうちの事務所でも相応に蓄積してきているから、イレギュラーな事案でも何とか対応できるようにしていきたいとは思う。

 

親族外承継の対応

あとは、M&Aなどの親族外承継という手法があるが、この分野では民間会社による仲介業務が旺盛に見える。ただ、民間会社がそのような事業をやる場合、色々と問題が生じてくるおそれはある。

例えば、仲介業者の中には、顧客の法律問題へのアドバイスを提供していることを堂々とうたっているようなのもいる。確かに、会社を売り買いするような局面では様々な法的問題が生ずるとはいえ、それは弁護士法に違反しているのではないかという疑念がある。

また、手数料目当てでM&Aを何としても成約させるため、売買当事者に無理な条件をゴリ押しすることも類型的に危惧される。法令上そういうことをやってはいけないとされている弁護士から見ると、そのような商売の仕方はちょっと想像し難い。

このような状況で実害が生じるようでは社会的にも困るので、日弁連が組織的に対策すべき問題であるように思われる。

とはいえ、弁護士サイドは非弁行為だ利益相反だと言うだけで、実際問題この分野に通じる弁護士が足りてないじゃないか、との批判も出てくるかもしれない。それではいけないので、規模の決して大きくない企業における事業承継についても、状況に応じて必要なアドバイスを弁護士宛に求めて来てもらえるような体制を整えることは重要になっている。

 

最後に

以上、事業承継の問題で弁護士の果たすべき役割は大きいし、また、割と重要な部分を占めている。それにもかかわらず、これまでは弁護士の関与が必ずしも十分でなかった分野ではあるかもしれない。

そこで、効果的に関与できるところは、できるだけ関与できるように道筋を整えて、事業承継を望む人たちの希望が円滑に実現するよう努めることは大事になっている。あるいは、人によっては事業承継を望まないこともあるかもしれないが、そのような場合も同様である。この分野に関しては、そういう心構えで取り組んで参りたいと考えている。

 

2019-06-25 | カテゴリー : コラム | 投稿者 : Yoshitada Iwata

事業承継と弁護士関与(3)特例事業承継税制

事業承継で税理士さんが圧倒的に相談相手となることが多いのは、会社のお金の問題について普段から知っている税理士さんの方が相談し易い、ということがある。

税務は一般的な弁護士には特殊である。もちろん、税金も法律問題なので弁護士が知っていなければならないことは少なくないが、慣れないところに手を突っ込んで業務拡大というのではいささか宜しくない。

 

特例事業承継税制の件

さて、税制の問題は事業承継の問題を考える入り口になるということで、税理士さんサイドでは、いわゆる特例事業承継税制を案内をする活動が盛んになされていた。

もちろん、当職も、オープンな機会をとらえて税理士さんや会計士さんの話を聞きに行ったりしていた(ただし、こっそり聞いていたら顔バレしていたようであった…。)。

特例事業承継税制の制度を極めて大雑把に言えば、とりあえず(2018年4月1日から)5年以内に特例承継計画を出して、(2018年1月1日から)10年以内に承継を実行していれば、贈与した株式に対する贈与税が猶予されるというものである。

詳しいことは税理士さんに聞いていただきたい。

なるほど、とりあえず税金払わなくて済むというなら、今はファミリービジネスの承継を考えるには絶好の機会である。

   

特例事業承継税制の問題点

ただ、特例事業承継税制の制度を観察してみると、そんなに良い制度でもないような気がしている。

その理由の一つとして、企業の柔軟性を損なうことがある。

企業を現状維持する向きにはこの制度はマッチするが、同族の議決権が過半数を割るとか合併による解散などによって取消事由が発生した場合(その他にも色々と重要な取消事由がある)、利子税を加えて税金を払わないといけない。そうすると、会社の在り方が大きく変わると見込まれるような場合、その足かせとなりうる。

それなら最初から税金払ったほうが自由度が高いのでマシだ、という局面の企業も結構あると思う。

もう一つの理由として、この制度によって非効率な資本が社会に温存され易くなることがある。

経営者ファミリーはその地位を確保できるメリットを享受できるだろうが、それは競争的であるとはいえない。しかも、今回の制度では雇用維持の要件が事実上ないようなものなので、雇用も生まない資本が残り続けることにもなる。それで企業が生き長らえても、社会的な意味が果たしてあるのかどうかとは思う。

制度を使うかどうかはともかく、個人の感想である。

   

まとめ

以上、特例事業承継の制度は、恩典はそれなりにある半面、使い勝手が良い感じが余りしない。とはいえ、うまく使えそうな人なら使うのがよいと思う。

そして、この制度を導入して最後までやり遂げるには継続的にややこしい手続が生じてくる。そういう点では、普段から顧客に接する機会が多い税理士さんが関与するのがほぼ必然的な制度だと考えている。

(つづく) 

 

 

2019-06-24 | カテゴリー : コラム | 投稿者 : Yoshitada Iwata

事業承継と弁護士関与(2)帯広信金レポートの分析

そういうことで、事業承継の問題について情報収集をしてみる。

手始めに、地元の金融機関である帯広信用金庫が最近集計したアンケートの結果を眺めてみることにした。

帯広信用金庫 事業承継実態調査レポート(PDF)
http://www.shinkin.co.jp/obishin/whatsnew/20180704_jigyosyokei.pdf

 

着眼点

このレポートでまず特筆すべきは有効回答率の高さである。

この種のアンケートにしては大変な回答率であり、地元金融機関の面目躍如であると思う。なお、全く本題とは関係がないが、同信金の卓越した情報収集能力は結婚紹介業などにも活用されている。

内容の点について着眼すべき点は、次の回答結果である。

Q:相談相手はいますか?

A:いる 59.60% いない 40.40%

続いて、次のような回答結果がある。

Q:相談相手は誰ですか?

A:税理士 246 弁護士・司法書士 9

 

税理士の圧倒感

ということで、このアンケート結果からは、「4割の事業者は相談相手がいない」ということと、「相談相手がいるとしても圧倒的に税理士である」ということが分かった。

もはや弁護士の出る幕はなさそうである…。

ただ、それならこの問題は税理士に任せておけば良いですね、ということでは身も蓋もない。実際的には、それでは済まないことがあるから困るのである。

そこで、次稿以下、そのあたりの問題を論じて行くことにしたい。

(つづく)

 

 

2019-06-14 | カテゴリー : コラム | 投稿者 : Yoshitada Iwata

事業承継と弁護士関与(1)はじめに

弁護士業務の魅力は何であろうか?

あえて一つ挙げれば、社会の変化に伴う法的問題を自分で見つけて解決できることにある。

実際のところは、紛争というものは生々しいからそんなに言うほどスマートではない。できるだけ清く正しく美しく述べようとすれば、そういうことだと思うに過ぎない。

これを、時流に乗って儲けられる、などと言ってしまっては大変品が無くてイケない。弁護士の仕事には、儲かるか否かに関係なく価値を持つものが存在する。本来は、そのような仕事を手がける人こそ賞賛されなければならない。

とはいえ、そんな思いを抱いて幾星霜、事務所に籠っても社会の変化は見えるでもなく、名前が広まるでもない。そこで、未済の起案に後ろ髪を引かれつつ、営業活動に勤しんでいる。

 

どこへ行っても事業承継問題

さて、そのようなことをしていると、「こんな所まで来て弁護士さんも大変ですね?」とか「うちはもう誰々先生に頼んでるよ!」というありがちな反応が帰って来る。

当職はナイーブなものだからそう言われるといちいち心が折れていたのだが、次第にそのようなことも華麗にスルーできる程度になってきたあたりから少し様相が変わってきたように思われた。

ここ2~3年のところ、どこに行っても事業承継、事業承継、事業承継…という話が聞こえてくることが多くなった。 事業承継が問題だから何かしなきゃいけない!、などとみんな揃って言うものの、各種団体や個別の経営者は何から手を付けたら良いのかよく分かってない雰囲気である。

また、当職とて似たようなことで、どのような関連業務を手がけていくべきであろうかと思うようになった。

もちろん、経営者の法的問題として、遺言を書くだとか、遺留分減殺請求に関与するといった限定的な関わりはあったが、その程度だけでは十分であるとはいえない。

 

本来業務のことを書く

ということで、しばらくの間情報収集に努めることにして来たので、現時点で考えていることをまとめておくことにしたい。

本来業務に直結する事柄をブログに書くことは非常に難しく、勝手が違ってなかなか筆が進まないのではあるが、それでも、しばらくお付き合いいただければ幸甚である。

(つづく)

 

 

2019-06-13 | カテゴリー : コラム | 投稿者 : Yoshitada Iwata

城跡と裁判所(30)盛岡地方裁判所水沢支部

岩手県には様々な博物館や資料館がありますが、そのうちどうしても見たかったのが、盛岡の原敬記念館と水沢の斎藤實記念館でした。

今回は、斎藤實記念館を訪れるために水沢にやってきました。

その帰り、ついでに裁判所も見て証拠写真を撮っておきました。ここまで来たら城跡も見ておかないと、と思って裁判所の横の細い道を奥に進んでいくと、城跡が現れました。

 

城跡は公園になっていて、奥の方にうっすらと裁判所の裏側の壁らしきものが見えます。

城跡から川を渡ると石碑にぶつかります。箕作省吾と山崎為徳の名前が刻まれています。いずれも当地の出身で、箕作省吾は江戸時代の地理学者、山崎為徳は同志社の草創期を支えた人だということでした。

ここから法学系の話題につなげると、民法の教科書の初っ端などでフランス民法典の翻訳をした人として箕作麟祥という名前が出てきますが(あるいは和仏法律学校初代校長として法政大学の関係者ならピンと来る名前かもしれない)、箕作省吾はそのお父さんということになります。

 

斎藤實記念館

水沢訪問の主目的であった斎藤實記念館についても触れておきます。

この記念館には、二・二六事件で発砲を受けて割れた鏡台が展示されており、鏡の割れ跡が今も襲撃事件の生々しさを物語っています。

実は、東京地検の地下奥深くの記録庫には、二・二六事件の記録が刑事参考記録として今も眠っているはずなのですが、一般に開放されているわけではありません。そこで、当時の事件を物語る資料を直接見ることができるこの記念館は、とても貴重な存在です。

記念館の入り口には、斎藤實が総理大臣になったときの心得が石碑として刻まれています。

忍耐は人の宝なり

人に接するには 調和を旨とし 謙譲なる態度を忘るべからず

優越観念は 深く自己の胸底に収め 他に対しては 平凡中庸を以てし 自然に他をして 敬服せしむるを要す

今も変わらぬ戒めのように感じられます。

まあ、そういう心得を理解できないようなのが総理になったりすることが時としてあるようなのでどうしたものか…ということではあるのですが。誠に困ったものです。

岩手県は数々の偉人を輩出しておりますが、そうした人々を郷里でしっかり顕彰しようとする文化の強さを感じることがあります。そういうこともあって、今になって巡ってみても、見どころが色々なところにあるのだと思いました。

 

 

2019-05-29 | カテゴリー : コラム | 投稿者 : Yoshitada Iwata

城跡と裁判所(29)盛岡地方裁判所花巻支部

一説によると「花巻」の地名の由来は、北上川の流れの中でできた渦に花びらが浮かんで美しい光景であったことに由来するのだそうで、文字どおりそのような時期に花巻を訪れました。

城跡は門が復元されている程度ですが、その向かいは小学校になっています。城跡の活用法として学校用地にしているというのは、城跡あるあるという感じでしょうか。

小学校の校庭で子供たちが野球の練習をしていたので、このあたりからはメジャーリーガーも複数輩出しているし励みになるんだろうなあ、と思って見てました。

 

花巻城跡から坂を一旦下ってまた登ると、花巻の裁判所があります。クラシックなスタイルのごく一般的な裁判所庁舎です。

そして、裁判所の両脇を司法書士事務所が固めています。これも、地方の裁判所でしばしば見かける光景ではあります。

裁判所に隣接して市役所があります。

あっ、花巻市役所といえば…ちょっと前まで当地の公設事務所でご活躍されていたW先生がインハウスとして赴任されていました。花巻市は現在の人口規模でいえば10万人に満たない街ですが、インハウスを導入しているのは先進的です。

それに比べて北海道内の自治体は(以下略)…などと余計なことも思ったりしてしまうのですが、新天地でのご活躍をお祈りしています。

 

 

城跡と裁判所(28)青森地方裁判所八戸支部

このところ、城跡や裁判所を新たに探索することがあまりなかったので、このシリーズの記事も更新していませんでした。

とはいえ、その間、どういうわけかこの件で新聞社やテレビ局から問い合わせがあったり、旅行に行くとその地の裁判所が気になるのでつい見に行ってしまうと言っている同級生がいたりしたので、各地の裁判所をめぐる旅というのも趣味としてはそんなにマイナーなものではないような気がしてきました。

職業病じゃないかという感じもしますが…。

 

八戸の市街地

ちょっと前置きが長くなりましたが、今回は八戸にやってきました。

八戸に来たことは以前にもありますが、その時の印象としては駅の周辺があまりにもパッとしないというものでした。これは、そもそも東北新幹線の八戸駅が街の中心にないのが原因だったようです。

 

市街地の中心に八戸城跡があるということで、とりあえず行ってみます。

この八戸城跡の横に市役所があります。このあたりに来てみて、やっと、東北新幹線の八戸駅は市の中心地にない、という重要な事実を理解したのでした。

ただ、裁判所はこの八戸城跡の近辺には見当たりません。少し街中から離れた方へ行くと、裁判所が姿を現します。

 

裁判所庁舎

設計事務所によると、「裁判所にふさわしい端正な外観デザイン裁判所の公平性をイメージさせるシンメトリーを基調とし、白い外装タイルにより明るく品位ある外観になっています。」ということです。

そういわれるとありがたみがありますね。思わず、「三階建ての白い箱物」と表現してしまうところでした。

 

根城

この裁判所の所在地は「八戸市根城9丁目」です。地名からも推測できるとおり、裁判所の近所には八戸城跡とはまた別の城跡が存在しています。

そこで改めて城跡探索に向かいます。

 

なかなか立派な空堀があります。

 

ずいぶん広々とした城跡になっています。「根城」と書いて「ねじょう」と読みます。

この城跡は、冒頭の写真に写っている南部師行が南北朝時代に造営したのが始まりなので、かなり歴史が古いです。最初に見た八戸城跡の方は、江戸時代に入って領主が変わってから本格的に造営され、その辺りが現在の街の中心地になっているようです。

そういうことで、八戸の裁判所は、非常に古い時代からの城跡の近くにあるというのが特色であるように思いました。

 

 

日弁連臨時総会・給付金に関する議案の件

年が明けてから、例によって弁護士会から委任状書いてくれとのFAXが届いた。日弁連の臨時総会に関する委任状である。

いつぞやの話、委任状の受任者が勝手に書き換えられていたとか何とかと騒ぎになったことがあったが、当会は遺漏がないので、委任状を出す場合には会長または副会長の氏名をきちんと書けという案内までしてくれている。

今回は会長に一任することにした。

給付金の議案

ただ、第1号議案の貸与制世代に対する給付金の件にだけは、わたくし自身はその世代ではないにせよ、言いたいことがある。

第1号議案は、端的にいえば貸与制の世代に20万円を配るという内容である。この世代が受けたダメージの回復のためであれば、やれることはやればよいと思うのであえて反対はしない。

とはいえ、どうもモヤモヤするというのが本音である。

貸与制の評価

国の政策として質の高い法曹を多数要請しようというのであるから、そのコストは国が負担すべきである、とわたくしは十数年前の弁護士になる前から言っていた。

ところが、司法修習65期から70期までの人は、無給での司法修習を強いられた。時間を拘束しても対価を出さないというのであるから、奴隷的拘束だというのはアレだとしても、割と強度な人権侵害である。

特に、無給で拘束されるという形で自身が正当に評価されなかったと感じられてしまうようなことがあるならば、それは人間の尊厳を強く損なう。そのような屈辱感はなかなか拭い難いのではないか。

結局、これまでと扱いが違う世代が生じたことは、法曹に様々な断絶をもたらすことになった。だからこそだと思うのだが、高い会費を取っているのに日弁連はロクなことをしないという声も強くなる。日弁連は求心力を発揮しようとますますムキになってあれこれやろうとするが、そのような余計な活動が増えるほど、会員からは冷ややかに見られる一方でしかない。

そんな状況は、20万円をバラ撒いたところでそう簡単に元には戻らない。札束で若い世代の顔をひっぱたいて公益活動をしろというのでは、ご都合主義の極みである。

法曹界に限った話ではないが、どうして、将来を担う人間を大事にしなかったのだろうか。

まとめ

以上、何を言いたいかというと、議案そのものに反対まではしないにせよ、「世代間に断絶が生じないよう力を尽くす必要がある」と指摘する提案理由には誤りがある。既に断絶は生じてしまっているのである。そして、その断絶は、経済的な問題もさることながら、その世代の心理的な問題としても刻まれたものであるから、残念ながらその影響を拭い去るのは難しいだろう。

法曹養成制度がぶっ壊されたことに対する当職のフラストレーションは今なお高まる一方である。誠に嘆かわしいことであると思う。

城跡と裁判所(27)高知地方裁判所

 

少し前の話ですが高知城を訪ねていますので、その際のことについて触れたいと思います。

高知城も天守が現存している城の一つであり、現在に至るまで地元の方々の多大な努力によって建物や石垣が良く維持されています。

 

 

天守のあるところから高知地裁を見ると、こんな感じで庁舎の裏側が良く見えます。

城の隣に裁判所、という立地になっていることが、城に登るとはっきり分かる様子になっています。右隣は検察庁です。そして、この写真には写っていませんが、左隣に高知県庁が所在しています。

 

 

さて、高知というと自由民権運動の根城でもあり、高知市内には自由民権記念館という施設があります。

訪ねてみると、「じゅっぴー」という名前のゆるキャラがお迎えしてくれます。ただ、自由民権運動って結構人が死んでいるので、ゆるキャラで語れるようなゆるい話ではないようにも思うんですが…。

明治期の高知からは植木枝盛や中江兆民といった偉大な思想家が出ており、現代から眺めても彼らの先進性には驚かされます。いかなる土壌からこのような人々が生まれたのかということは気になりました。

 

 

そして、自由民権運動は板垣退助という大物政治家も産み出しており、高知城内にはその銅像が立っています。撮った角度が悪過ぎて顔が映っていませんが、これは板垣の像です。

「板垣死すとも自由は死せず」で知られる件で、暴漢に襲撃された板垣の介抱に当たったのは竹内綱、つまり吉田茂の実のお父さんでした。そしてその孫は…と辿って行くと、自由民権運動の血は今の政界のかなりど真ん中にも受け継がれているはずなのですが、はたしてその精神はどこへ行ったのやらと思ったりすることがあります。

 

 

ということで、高知の歴史を見て歩くというととにかく竜馬!というイメージではあったのですが、それ以外の見どころも少なくないということを知ることができ、大変有意義であったと思いました。

 

 

城跡と裁判所(26)高知地方裁判所中村支部

四万十川は、洪水になると沈んでしまう沈下橋という橋がいくつも架かっていることで知られていますが、どうにも天気が悪い時期に行ったため、実際に沈下橋が濁流に飲み込まれて沈んでいる姿を見せつけられながら、四万十川の下流域までやってきました。

高知県の西側の端に近いところに四万十市は位置しています。

高知の空港からの距離が結構あるので、全国的に見ても、東京から行くのが大変な裁判所支部所在地の一つに数えられるのではないかと思います。

 

 

さて、裁判所の中村支部は、四万十市の市街地にあり、裁判所の裏が城跡になっています。

裁判所の前の水路には四万十川の伏流水が流れ、せせらぎが聞こえてきて大変美しい雰囲気の裁判所です。

また、裁判所の隣には検察庁があるんですが、その裏にはこの地の出身であった幸徳秋水の墓があります。でっち上げられた事件で死刑になった人がいつも後ろから見ていると思うと、凄まじい緊張感がありますね。

 

 

裁判所の裏の山の上には天守が建築されていて、郷土資料館になっているようです。

 

ところで、帰ってきてから、「中村方式」(集まった者から順次始める宴会の方式)と呼ばれるものが存在するということを知ったのですが、残念ながら現地で検証することができませんでした。改めてそのような機会があることを期待したいと思います。

 

 

城跡と裁判所(25)松山地方裁判所

 

四国最大の都市である松山市にやってきました。

もちろん、人口以外の要素も含めると何をもって最大かという問題はあるわけですが、念のため申し上げると、四国で人口最大の都市は高松市ではなく松山市です。

松山城の天守は比較的新しく建築されたということもあり(といっても江戸時代の末期ですが)、しっかり残っています。

城郭の造りも立派で、眺めも良く、大変な名城ですので、余計なことは言わずに写真を載せておくことにしたいと思います。

 

 

さて、このコラムは、城跡と裁判所の関係を論ずるものであることを忘れておりましたが、裁判所はどこにあるんだという感じですね。

このあたりです。

 

 

だいたい矢印の下あたりに松山地裁があります。

裁判所自体は四角くて大きなコンクリートの建物ですので、勝手ながら写真は省略します。何がいいたいかというと、城下にあるはずの裁判所が目に入ってこないくらい城郭が立派過ぎるということで、そのくらい素晴らしいわけです。

他にも見どころが尽きない街なので、やはり、改めて街歩きをしに来なければならないということを思いました。

 

 

城跡と裁判所(24)松山地方裁判所大洲支部

 

松山から宇和島に向かう途中、寄り道をして大洲城にやってきました。

天守は平成の時代に入って復元したものだということですが、この種の建物としては大変珍しく木造での再建を果たしたということで(たいていは復元するとコンクリートの建物になってしまう)、地元の方々の気合いが感じられます。

 

 

大洲の裁判所です。

城下町に所在する裁判所の例に漏れず、周囲の狭い道路を辿っていくと庁舎が現れます。

裁判所の規模としてどのくらいだろうかと思い、松山地裁のウェブサイトで法廷担当を見たところ同期が赴任していました。判事1名の支部だと地域の司法の全権を握っている感じで(勝手なイメージです)、大変なのだと思います。

 

ところで、大洲市やその周辺は、夏の台風で川が氾濫して大きく被害を受けたところもあり、私が行った時にはその影響がまだ残っている感じでした。そんな時期に訪ねて申し訳なくも思いましたが、復旧が進むことを願っております。

城下を流れる肱川では、鵜飼が夏の風物詩となっているということでしたので、再訪してゆっくり風景を眺めてみたいと思いました。

 

 

城跡と裁判所(23)松山地方裁判所宇和島支部

宇和島城は天守閣が現存する12の城の一つです。

そんなに大きな天守閣ではないのですが、昔のものが残っているという点で見るべき価値は十分にあります。

何でまた仙台から遠く離れたこの地へ来たのかという気もするのですが、伊達政宗の子が入って以来、宇和島藩は伊達家が代々治めていました。城下にある伊達博物館に行ってみると、そのあたりの経緯を確認することができます。

 

宇和島の裁判所

宇和島の裁判所に行ってみました。

伊達博物館の玄関ホールに描かれている昔の地図では、かつての裁判所は城の近所に存在していたことが分かります。ただ、現在の裁判所は移転しており、宇和島駅に隣接して存在しています。

駅から近いのはいいんですが、そもそも宇和島駅は行き止まりで四国の鉄道網の一端をなしていますから、松山からでも行くのは結構大変そうです。

 

銅像になった人

さて、宇和島城に戻ってみると、城下には著名な人の銅像が存在しています。

これは、護法の人とも呼ばれた児島惟謙です。

大津事件での活躍が良く知られていますが、それ以外にも関西大学の設立に貢献するという大きな功績を残しています。その縁で関西大学にも銅像があると聞いたことがあります(残念ながら見たことはないのですが)。

 

橋になった人

次は、銅像にならなかった人の話です。

「老生は銅像にて仰かるるより萬人の渡らるる橋になりたし」とあります。

民法起草者の一人である穂積陳重が語ったとされています。それで、功績を称えるべく、穂積橋という名前の橋が宇和島市内には架けられています。

銅像なんかになるよりも人に踏まれる方がよいというのですから、やはり、昔の偉大な法学者は考えることが普通ではありませんね。当職も、人々に踏まれ続けてもなお輝き続ける阪急梅田駅のホームの床のような存在でありたいと願っています。

 

鯛めし

営業時間の都合で行けなかったのですが、橋の右手に映っているお店はこの地方の名物である「鯛めし」の名店として知られているようです。

宇和島の鯛めしは、鯛の刺身が乗った飯の上から出汁を掛けて食べるというスタイルであり、するすると食べられてしまうので大変危険です(美味しい)。

 

まとめ

以上、宇和島は、お城の天守閣を見に行くだけでも十分に価値があるのですが、法律家には馴染みの深い先人たちの痕跡も残っていますので、法学マニアな向きには実に興味深い地であるということを思いました。

 

 

犬も食わない分限裁判

東京高裁の岡口基一判事が分限裁判による懲戒の申立をされたということで、ご本人自らその記録を公開しておられる。以下のリンク先にあるとおりである。

分限裁判の記録 岡口基一
https://okaguchik.hatenablog.com/

 

裁判官と表現の自由

岡口判事の投稿するツイートに関しては当たり外れがあり、例えば、当職もブリーフでパンイチになっている姿を見たいと思うわけではない。また、現職の判事が、他の裁判内容や政治的な事件について、どこまで投稿できるだろうかと思ったことも、ないわけではない。

だが、判事の職にあるからといって、何も言えないということにはならない。

それに、実名で裁判官であることを明らかにした上で日頃から表現活動を公開している人は稀であるから、岡口判事の活動には敬意を払っていた。裁判官にもそのような人がもっと多く出るべきであると思うし、静まり返っている状況は不自然に思えてならない。

もっとも、組織の人間は余計なことなど言わずにひたすら黙ってろ、というのが社会の多数派ではあるのかもしれない。

本来は自由であるにもかかわらず、ひとたび何かを言おうとすれば、実にこの世は生き辛いのである。

 

統制的な司法の在り方

今回、懲戒申立の理由とされたのは、犬の返還請求事件に関する岡口判事のツイートである。

このような事件だったようだ。
https://sippo.asahi.com/article/11544627

犬の取り合いとなった訴訟を紹介する岡口判事のツイートの内容が、元の飼い主の感情を傷付けたというようなことが懲戒の理由としては主張されている。しかし、岡口判事のツイートに書いてあったこと自体は、当事者の主張の要約と取れる内容に過ぎない。

むしろ、当該訴訟の報道から読み取れる限りでは、元の飼い主が勝訴したからといって非がないなんてことはない事案である(なお、岡口判事はそこまで言及していない)。

だが、たまたま訴訟当事者からクレームが付いたことを口実に、岡口判事を処分してやれという空気があるのだろう。裁判所内部では、あいつのツイートのせいでクレームを言って来る奴が次々出てきて超迷惑だから何とか黙らせろ!と思っている人が多いのだと思う。しかし、懲戒の申立まで至るのでは、さすがに萎縮効果が著しい。そのようなゴタゴタをしっかり見ている人たちからは、裁判所は信頼されなくなると思う。

我が国では、裁判所の権力基盤がなお脆弱だという現状認識に基づいて、他からの干渉を避けるべく強度に統制的な司法行政を行うことも正当化されると考えられているのかもしれない。しかし、それでは陰湿で窮屈な職場だということで、長期的には優良な人材に避けられるという問題が出るように思う。また、統制の方向性次第では政治部門との違いがなくなり、裁判所固有の役割を失うことにもなる。

そんなことで司法の機能が損なわれては司法の不幸であるし、結局は、国民の不幸でもある。

 

まとめ

以上、市民としての自由を十分に保持したいと思う人は裁判官にならない方がいいよ、というのがこの騒動の率直な感想である。自由を擁護すべき人には自由はない、という現代日本の不思議がそこには存在する。

岡口判事が再び元気にツイートされる姿(但しブリーフ姿を除く)を見られる日が来ることを願っている。

 

 

間違いを 許してくれぬ ソクラテス(法科大学院の講義における具体的問題点の考察)

法科大学院の時代になって法律の講義方法にも変化が見られるようになり、いわゆるソクラテスメソッドが実施されることも一般的になった。

私はそのスタイルの講義を大学では受けなかったが、佐藤幸治先生が「ハーバードのロースクールでは~(以下略)」みたいな話を講義でされていた記憶はあるので、司法制度改革審議会でもアメリカンスタイルなアツい講義を実践したいといった理想が議論され、今のようになったのだと思う。

ところが、これがあまり良い評判が聞こえてこない1。具体的にいえば、単なるクイズをやっているとか、答えられないと怒られるとかいうような話である。

これではソクラテスも浮かばれないんじゃないか…ということで、若干思うところを述べることにしたい。

 

ソクラテスの問答法

出典がウィキペディアなのがちょっとアレだが、ソクラテスの問答法の例を掲げる。

  1. ソクラテスの対話相手がある命題、例えば「勇気とは魂の忍耐のことである」を主張する。この命題のことをソクラテスは偽であると考え、論駁の標的にする。
  2. ソクラテスは追加的前提、例えば「勇気は素晴らしいものである」ならびに「無知に基づく忍耐は素晴らしいものではない」への同意を対話相手から取りつける。
  3. 次に、これらの追加の前提は最初の命題と反対のことを含意するということ、この場合、それらの追加前提から「勇気とは魂の忍耐のことではない」が導かれるということを、ソクラテスが主張し、対話相手もそれに同意する。
  4. 次に、対話相手の命題が偽であること、ならびにその命題の否定が真であることを自分は示した、とソクラテスは主張する。

その論理構造を簡略にしてみると次のようになる。

  1. 対話相手は、「命題Xは真である」とソクラテスに主張する。
  2. ソクラテスは、対話相手に、命題Y・命題Zを認めさせる。
  3. ソクラテスは、命題Y・命題Zが「命題Xは偽である」ことを導くと主張し、対話相手にそれを認めさせる。
  4. ソクラテスは、対話相手が矛盾に陥ったことを示す。

ところで、こういった問答法は、法律実務家はどこかで自然と経験しているように思う。

二つほど例を挙げてみる。

 

口述試験

旧司法試験には口述試験があった。今でも、予備試験には口述試験がある。

口述試験では試験官の質問に受験生が答えていくが、知っていることを誘導に乗ってホイホイ答えていると、それまでの答えと矛盾する質問が出されて受験生がドツボる、という問われ方がされることがあった。

この種の質問の仕方を、当時の受験生は「泥船が出る」などと呼んでいた。乗っかったままだと沈んじゃうから「泥船」である。なお、何とかしようとあがいていると「助け船」が出ることもあった。

今になって思えば、あの試験は、泥船に乗って沈みかけた受験生の反応を見ることにもポイントがあったと思う。単なる法律クイズに答えられるかどうかに止まらず、法律家に求められる問答の能力があるかどうかを見ていたのではないだろうか。

 

反対尋問

反対尋問では、誘導尋問ができる2

一方、主尋問では誘導できないのが原則である3。証言をコントロールしてはいけないからである。反対尋問で誘導してよいのは、主尋問で現れた事項を聞く分には弊害が少ないというようなことが言われる。

ちなみに、訴訟法の教科書には「沈黙が最大の反対尋問」なんていう指摘があるくらいで4、無駄な質問をするのは大変良くない。

反対尋問の目標は、証人の証言に信用性がないことを示すことである。

もちろん、テレビドラマよろしく「私、ウソついてました!」と法廷で白状し始める人もいないわけではないが、一般的にはそうではない。

そこで、反対尋問では誘導ができることを活用して、証言の矛盾を導く手法が使われる。

何をするかというと、ひたすら誘導するのである5。そして、何を誘導するのかというと、証人が答えたことを用いて矛盾を導きたいのであるから、「証人が認めざるを得ない事実」かつ「証言の矛盾を導き得る事実」を誘導する、ということになる。

これは、ソクラテスの問答法と論理構造に共通する点がある(ただ、直接由来すると言えるかどうかまでは知らんので、刑事弁護に詳しい人かソクラテスに詳しい人からツッコミを入れていただけるとありがたいと思っている。)。

 

教育的効果

法科大学院でも司法研修所でも法廷弁護研修でもどこでも構わないのだが、問答法の論理構造を踏まえた上で訓練をすることは、大変良いことである。

ところが、法科大学院でのソクラテスメソッドのやり方をめぐっては、かなり変な話が聞こえてきていたので、残念に思っていた。

その原因は、学生の法律知識や教員の技量の点を措くとすると、ソクラテスの問答法の論理構造が教え手と学び手の間で共通に認識されないまま受け答えがされていることに帰着するのではないだろうか。

だから、ソクラテスメソッドと称して、単なる一問一答に終始したり、間違った学生を吊し上げたりするのではないか、という気がしている。逆に、一部から聞こえるように教育的効果が得られているというのであれば、論理構造を踏まえての受け答えが成り立つことで、学生に自らの理解の足りないところを気付かせるのに成功しているからだと思う。

なお、ソクラテスの問答法によるならば、対話の相手方である学生が間違ったことを言うのは元々想定されている事態だと思うので、学生にしてみればどんどん突っ込まれる体験をしてみたら良いと思う(もちろん不利益を与えられないことが前提である)。

 

まとめ

色々と述べたが、私の場合は法学部に入学してからの視野狭窄ぶりが結構ひどくて、ソクラテスのソの字も知らずに弁護士になっているから、そもそも、この問題について適切にものを言える立場でもない。

とはいえ、問答の作法を身につけること自体は、法律家に必須の素養である6

また、古今東西、法学の学び方には様々なやり方もあるが、工夫を凝らして少しでも良い方法を探求することは、実務家か研究者かを問わず重要な務めだと私は考える。そうでなければ、法に関する技術が後世に残せなくなるからである。

そこで、法科大学院でも、より一層充実した双方向の問答の訓練がなされることを大いに期待したいと思う。

 


  1. 具体的にどのような意見が噴出しているかということについては、次のツイートのまとめをご覧いただきたい。「謎の方法ソクラテスメソッド」https://togetter.com/li/1218984 

  2. 刑事訴訟規則199条の4第3項 

  3. 刑事訴訟規則199条の3第3項柱書 

  4. 田宮裕『刑事訴訟法』〔新版〕319頁(有斐閣、1992年) 

  5. 日本弁護士連合会編『法廷弁護技術』〔第2版〕135頁、140頁(日本評論社、2009年) 

  6. ただ、既にソクラテスメソッドなんて(アメリカの)ロースクールでもやってない、といった意見も耳にするところではある。井上達夫『リベラルのことは嫌いでも、リベラリズムは嫌いにならないでください』150頁(毎日新聞出版、2015年)